04

「……!」

 野乃花は、面白がっているだけじゃなかった。ちゃんと私のことを見ている。
 幸せだと、自分で思ったことはない。仁さんに「餌」として抱かれることを、よしとしたのは自分だけれど、それを幸せだとは思ったことがない。
 まるで相手にされないよりはマシ、と思っていたけれど。別にだったら幸せなのかって言われたら、もちろんそうじゃない。血を武器にして、好奇心という武装をして、仁さんに迫った三年前からそうだった。
 私は今、全然幸せじゃない。でも。

「……幸せになりたくて、その人を好きになったわけじゃないから」

 幸せになりたくて、幸せにしてほしくて、それで仁さんを好きになったわけじゃない。好きとか嫌いって、そういう損得勘定がはたらかない、そんな部分だと思う。

「美麗……、……あ」
「上谷。と、軽部?」
「ひどぉ、私おまけですか、先輩」
「うん、おまけ」
「うわっ」

 野乃花がけらけら笑いながら、立ち上がって鞄を手に取った。そして、私に手を振って、廊下に消えた。野乃花がいた香水の残り香が消えるくらいまでたっぷり待って、黙っていた先輩が口を開いた。

「上谷、あのさ」
「先輩」

 言わなくちゃ。もうこれ以上、先輩を振り回すことは、できない。

「私、……私、好きな人がいるんです。だから……」
「知ってた」
「え……?」

 教室の入り口に立っていた先輩が、すたすたと中に入ってきて、窓際まで行った。私も、立ち上がってそれについていく。窓際のロッカーに背を預けた先輩が、隣の私をちらりと見て、言った。

「その首の絆創膏」
「……」
「キスマーク隠してんだろ」
「えっ」
「ほんとは、ずっと前から、知ってた」

 絆創膏を片手で押さえると、先輩の手が伸びてきて、その手を払い、絆創膏を取り払った。テープで皮膚が引きつれる小さな痛みとともに、傷口があらわになる。だいぶ薄くなっているけれど、うっすらと見える、そんな傷口が。

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