08

 意識が途切れるほんの少し前、私はいろいろな感覚や感情に涙を零しながら、仁さんにぎゅっと抱きついた。抱きしめ返してくれる腕がさみしい。
 首筋を裂くように、ずたずたに引き裂かれた恋心は、今日も居場所を探している。さまよってさまよって、出口なんかないのにそれをずっと探して。
 この関係が始まるずっと前から、私は仁さんが好きだった、大好きだった。近所の優しいお兄ちゃんがいつの間にか心の内でひとりの男の人に変わっていくのを、戸惑いながらもはっきりと刻みつけるようにじっと見てきた。
 大好き、それは今も昔も同じなのに、なんだか違う気がして、怖い。
 とろとろと、意識が引いていく。その、夢と現実のはざまで、私は仁さんの腕の中にいる。彼が力の抜けてしまった私の身体を抱えて、リビングのソファから寝室に移動している。ベッドにそっと寝かされて、私はふっと目を閉じた。

「ああ、こんばんは。ええ、なんだか具合が悪いみたいで、少し休ませたら、送っていきます」

 うちに電話しているだ、とぼんやり理解して、それを最後に私は意識を手放した。
 悲しい、とは少し違う。私は別に仁さんに「餌」としてしか見られていないことが悲しいわけじゃない。むしろ、「餌」でもなんでもこうして優しく抱いてもらえるなら、ひどくされないなら、見向きもされないよりは、まだいいほうだと思う。
 でも、すごく苦しい。胸が詰まる。
 完全に意識が落ちる寸前、頭に優しい手が触れた気がした。

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