その翌日、傾いた太陽の光に包まれた牧場は、晩秋の空気も相まって寂しさを醸し出しながらも、まるでトパーズみたいにキラキラと輝いていた。
仕事を終えて後片付けを手伝ってくれているレーガの輪郭は、光に切り取られてあまりに美しく、この世のものとは思えなくて、ため息が零れそうになる。

もうすぐ、今日の仕事も終わり…即ち、レーガとお別れの時間だ。
また一週間を一人で乗り切るのか思うと、胸の内の寂しさが更に増長されるようだった。



「…なまえ。」

「あ…レーガ。今日は片付けまで手伝ってくれて本当にありがとうね。」

「ははっ、水臭いな。なまえの為ならなんでも手伝うよ。」


ふわり、向けられた笑顔は優しくも妖しく輝いて、私の視線を絡めとる。
西日のせいだろうか…頬が、体が、ものすごく熱い。
なにか返事をしなくちゃと思って、辛うじて彼の目を見つめて微笑み返したけど、なぜかひどくドキドキしてしまって、果たして上手く笑えただろうか。

しばらくしてもレーガは視線を外そうとせず、私も魔法がかかったみたいに目を離せなくなって、自然と見つめ合う形になった。

やがて、キラキラと輝く視界のなかで、ゆらりと彼の影が大きく動いたかと思うと。
あっというまに距離が近付いて、女の子のそれとは全く違う力強い腕が、ぎゅっとわたしの背中に回された。


「…悪い、なまえ。少しこのままでいいか…?」

「レーガ…?」


いつもよりもきつく抱き締められて、どくんどくん、心臓が大きくうねる。彼の心音が私の胸にまで響いてくる。
彼も、別れたくないと思ってくれてるのだとしたら、嬉しい。けど。
なんだか今の彼からは、それだけじゃないようにも感じられて、きゅっと胸が鳴った気がした。


「…どう、したの…?」

「…悪い。」

「もしかして、…」


私が心配?って口から飛び出そうになって、ハッと目が醒める。

まさかまさか、そんな。
レーガが私のことを想ってくれてるのは普段の彼の様子から充分伝わってるけど、いつの間にか私はこんなに自意識過剰になってたんだ。
自分の思考の恐ろしさにしゅん、となりながら、まぁ、こんなんじゃ昨日みたいに女の子たちに悪く言われるのも仕方ないよね、って反省した。

…でも。
冷静になってみて、改めて思う。
じゃあ、レーガの言った「悪い」は、何に対するものなの…?

降って湧いた疑問に、もやもやとくすんだ何かが頭を支配していく。
迷路に迷い込んだような気持ちになって、彼に答えを求めるべく視線を上げたけれど。
結局、彼の口から紡がれた言葉に、新たな疑問が積み重ねられただけだった。


「……なぁなまえ。今日もここに泊まったりとか、駄目、だよな…」

「…!」

「いや…悪い。何言ってんだろうな、俺。」

「ううん。私は全然いいけど…明日レーガは朝から仕事だよね、大丈夫?」

「ああ…!全然平気。朝早いのは一緒だし、なまえといると疲れとか無くなるし、な。」

「そっか…よかったら泊まっていって。」


にこりと、笑顔を作ることは出来たけど。
言葉に気持ちを込めることが、出来なかった。

それでも、私に向けて安心したような表情を見せたレーガが、もう一度、ぎゅっと抱き付いてきて。
温かい、嬉しい、ドキドキする、でも落ち着く。
彼の腕の中で、私の心の大半は純粋に反応したけれど。
隅の方でわだかまった疑問が、まるで黄昏時の太陽に照らされた私たちから伸びるそれのように、長く長く影を落としていたんだ。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





その日を境に、レーガとの時間は急激に増えた。

毎日のように泊まりに来る彼の気持ちは、もちろん嬉しい事だと思えたし、二人でいる時のレーガはすごく優しくて、大切にされてるんだなぁって実感できた。
そして何より、彼と二人でいれば、誰かに陰口を言われる事もなかった。

悪いことなんて何もないじゃないか。
…って考えている時点でなにかが胸に引っ掛かっているのは、自分でもよく分かっているのだけれど。

私のために、ただでさえ忙しいレーガに時間を使わせて申し訳ないからなのか、それとも他の何かなのか。

ハッキリとした答えが出ないまま、恋人ってきっとこういうものだ、これで良いんだ…って、呪文をかけるように、毎日繰り返し自分に言い聞かせていた。


「なぁ、なまえ。もしオレたちが結婚したら、こんな感じなのかな。」

「うん…きっと、そうかも。」

「あーオレ、なまえと毎日ずっと一緒にいられたらめちゃくちゃ幸せだ…。まぁ仕事もあるし、実際にはそういう訳にもいかないんだけどな。」

「でも私も、前よりもレーガとの時間が増えて嬉しいよ。」

「…!ったく、あんまり可愛いこと言うなよ。もうなまえしか見えないって、伝わってるだろ?」

「あ、で、でもね、本当に嬉しかったから…!」

「…あーもう、可愛すぎるんですけど…」

「……」

「なぁ、これってもしかして…オレ、誘われてるのか?」

「…!!!」


情熱的なキスを受けて、ベッドに優しく押し倒されて。
暗い部屋で彼に愛されながら、まるで月が雲の切れ目から朧げに光を届けるように…ふと、一つの答えが見えた。

この愛情は、すごく温かくて、きっと私を幸せにしてくれると思うけれど。
私には、少しだけ重いのかもしれない。

気付いた瞬間、魔法が解けたみたいに、その事実はあまりにもすんなりと胸に収まってしまった。
でも突っぱねることなんてしたくなくて、気持ちの籠らない言葉と笑顔で、彼に嫌われないように飾り立てて。
だからモヤモヤしていたんだと、分かってしまった。自分は今まで…こんなに、ずるい事をしていたのだと。

だけど、それに気付いたところで、どうしたらいいのか分からない。
自分が妥協して、今以上にレーガを愛すればいいのか。それとも…もしかしたら誠実に、別れを選択した方がいいのか…。
深く愛してくれるレーガ。絶えない嫌がらせ。
まっすぐな答えを探すには、既に、しがらみが多すぎた。


(今は、考えなくてもいいか…)


どちらにせよ、ぼんやりとした頭で考えることはできなくて、思考を投げ出して、ただただ幸せを享受する。
目を閉じて身を任せれば、幸福感だけが広がって。
暗くて深い海にふたりきりになったような感覚に、私はひたすら酔い痴れるだけだった。





prev






[back]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -