アイツと私の恋愛事情

 高校のとき、大好きだった先輩にフラれた。今思えば、その時のセリフが私のすべてを変えたんだと思う。

『もっと大人しくて可愛いやつだと思ってた』

 すべてを変えたはちょっと大袈裟かもしれないけど、華の十七歳。ずっと片想いしていた先輩と付き合えて、僅か1ヵ月で振られたショックは大きかったわけで。それからというものの、私は彼氏の前で必死に可愛い女を演じ続けた。自分でいうのもアレだけど、容姿は特段悪くないからそこそこモテた方だ。

 なのになんで?やっぱりいつも振られてしまうのは。気づけばいつも同じ結果なのはどうして?今までの最長記録は3ヶ月。ねぇ、こんなことってある?

『お前何考えてるか分かんないだよね』
『俺のこと、そんなに好きじゃないでしょ?』
『もっと我が儘言ってほしかった』

 お前らに好かれようと思ってただけですけど?好きじゃなかったら付き合わねーよ。どっちが我が儘なんですかコノヤロウ。と、歴代の男たちに今更脳内で不満を述べても仕方がないのだろうけど、それでも言わずにはいられない。
 大好きな先輩に振られてから早いことでもう八年。最後に男と付き合ったのは3年前。いい感じにやさぐれてる私は、今日もビールジョッキ片手に隣の男へ愚痴をこぼす。

「どう思うよ花巻!!」
「その話十三回目ー」
「自分は彼女いるからって余裕かお前!」
「残念、こないだ振られちゃいました」
「ハハッ、ざまぁない!」
「もうベロベロに酔っても送ってやらねー」
「すみませんでした花巻さん」

 居酒屋のカウンター席で隣に座ってる花巻貴大は、同じ職場の同期だ。入社当時のちょっとした出来事をきっかけに馬が合い、今ではすっかり気の許せる友達。もう何年もお互いの恋愛相談なんかをしてるわけで今日も今日とてお互い解決策のない話で盛り上がる。

「てか花巻またフラれたの?」
「お前が言うな」
「私はここ三年間振られてませーん」
「彼氏いない歴三年、調子のるなー」
「花巻モテるけど私と一緒で長続きしないよね」
「"貴大は私のことそんなに好きじゃないのよ!"だって」
「ぶふっ!私も全く同じこと言われたことある!!」
「これ以上ないってくらい優しくしてんのに、何が不満なのかね」
「女は我が儘な生き物なのです」

 ホント、女って訳分からんよね。ジョッキの中の液体を飲みほし呟けば「女のお前に言われちゃもう分からん」とツッコまれた。

 花巻の第一印象は"モテそう"だった。その印象に間違いはなく事実コイツは女子にモテる。高身長、そこそこなルックス、仕事も卒なくこなす。これだけで女からはロックオンされる。
 ただし、花巻の優しさはビジネスだ。実際はそんなに優しい奴じゃない。あれ、これは私に優しくないだけか?
 とにかく、隣で「女まじめんどくせー」と鬱陶しそうに言ってるこの姿が花巻の本性であることに違いはなく、職場モードとオフモードとのギャップが凄まじいのだ。私に負けず劣らず口は悪いし性格もいい感じに悪い。ま、だから付き合いやすいんだけど。真っ赤な顔で眉間に皺なんか寄せちゃって、コイツ今日は相当酔っぱらってるな。

「でもさー、あながち間違ってないんだよね」

 少し考え込んでから花巻が口にした台詞には主語がなく、意味が分からんと目線で訴えれば「だから、好きじゃないってやつ」…呂律まわってないよ花巻。

「確かに、俺あんまあの子のこと好きじゃなかったのかもって」
「納得しちゃったのね?」
「だぁって、桜城もそうだろ?」

 自信満々に言われた一言に一瞬戸惑う。花巻の言うとおり、それは図星だ。
 私も花巻も、フラれて「またか」って脱力感に襲われたり、てめぇこのやろうってキレることはあるけど、落ち込んだり泣いたり、数日相手のことが忘れられなくて…なんてこと一度だってなかった。
 それってつまり、それだけ相手のことを好きじゃなかったってことだよね。そういうことにいっつも後になって気付く。だから私は恋愛ができないのだろうか?

「彼氏ほしいっていうか、好きな人がいない」
「同じく」
「花巻の好みは?」
「…こんな俺を受け入れてくれるかっわいい子」
「なんだよ”かっわいい子”って。きもいな」
「うるせー。で、桜城は?」
「…こんな私を受け入れてくれるかっこいい子」
「パクらないでくださーい」
「たまたま一緒だっただけでーす」

 まぁ、かっこいいは冗談として。あ、そりゃ顔がいいのに越したことはないけど。
 確かに私は口も良くないし性格も女の子らしくないし、ちっとも男ウケ要素ないけど。それでもそんな飾らない私を好きって言ってくれる人なら、喜んでその人にこの身を捧げるだろう。
 けど、本当にありのままの姿を好きになってくれるなんて、そんな仏のような人がいるのだろうか。あーあ、先輩のおかげですっかり私の恋愛観は歪んでしまったようだ。

 急に静かになったと思えば、花巻は頭を抱え込んだまま動いてなかった。え、なに、吐くの?

「花巻、吐くならさっさとトイレ行って」
「ばっか、ちげーよ」
「じゃぁ何」
「名案だわ桜城…」

 目を見開き、妙にスッキリした顔で私を見つめてくる花巻の顔は赤い。酔っ払いが何を閃いたのか、不信感いっぱいで次の言葉を待つと、とんでもない爆弾を落とされた。

「俺ら付き合ってみる?」
「…は?」

 なにを言った?あまりにも突拍子もない台詞で数秒固まってしまったが、花巻がやばいくらい酔っぱらってることだけはよく分かった。しょうがない、今日は特別に私が家まで送ってやるとするかと、背中をゆっくりさすってやる。

「花巻、今日はとりあえずお開きにしよう」
「いや、酔ってねーから」
「だいぶおかしいこと言ってる自覚は?」
「それはある」
「あるんかい」
「でも付き合ってみねー?」
「なんで私が今さら花巻と!」
「いやこっちのセリフ」
「お前言ってること滅茶苦茶か!!」

 いつも通りの淡々とした口調で話し続ける様子に頭が痛くなってきた。正気?これで明日覚えてないとか言ったらぶっ叩いてやる。当の本人は、こめかみを押さえてる私のことなんて知らんぷりで「ほら、俺かっこいい子だし」とか訳のわからないことを言ってケタケタ笑ってる。よし、やっぱり今ぶっ叩いて家までタクろうそうしよう。

「いや、真面目にさ。もう女との付き合い方わかんねーけど、桜城相手なら今さら気負んなくてもいーかなって思って」
「…そりゃ、そうだけど」
「俺別にお前に女らしさとか可愛いのとか期待してねーし?」

 お互い、素のままで付き合える相手探してるなら俺でよくね?と、ニヤニヤしながら言う花巻に妙に納得してしまった。確かに花巻なら可愛い彼女を演じる必要性はない、ないけど…。

「ってことはこのままの感じでいいってこと?」
「そーゆーこと」
「それって付き合ってるっていうの?」
「キスとかすんだし付き合うことになるでしょ」
「キス!?花巻と!?キス!??」
「ほんと腹立つねお前」

 まさかの発言に照れるでも恥じらうでもなく、思い切り笑い飛ばしてしまった。すると仕返しとばかりに花巻が再度爆弾発言。

「桜城もそろそろセックスとかしたいっしょ?」
「ねぇ、やっぱお前酔ってるよね?黙ろうか?」
「優しい俺が相手になってあげますよ」
「ムッカつく!マジで何様ですか!」
「花巻サマ」

 真っ赤な顔でニヤニヤしちゃって、スケベ親父かお前は。心の中で悪態をついてると、急に何かに気が付いたように深刻な顔をしだした花巻。急にどうした?と顔を覗き込むと「一つ問題が」なんて低い声で深刻そうに言うもんだから、つい私までごくりと生唾を飲み込んだ。

「……お前で興奮するかな俺」
「もぎ取られたいの?」

 こうして花巻貴大との奇妙な交際関係が始まった。