スケア・クロウ
案山子×逆叉

 少し下るなだらかな河川敷を二人、並んで歩いている。他には誰もいないで、耳を打つのはその細やかな水音と虫の鳴き声だけだった。昨夜の大雨で水位が上がったのか、水が高く、月を映す水面は足元に迫る。波間に漂う白いたゆたう光が近くて、足を延ばせば踏めそうだ。案山子は横目でその白い川を眺めながら、膝丈の青草が砂利道の脇で揺れている中を歩いていた。

 案山子の歩調は、本人の意識のないところで、女のように緩い。逆叉はそれに合わせて、ゆっくりと足を持て余していた。もどかしいような、贅沢なようなその歩調に、夜風が過ぎる。さわと足元の草が騒いで、心臓が鳴る。
 不意に記憶が重なった。案山子は口を開き、頭一つ分小さな逆叉を覗き見た。
「ねぇ覚えてる、さっちゃん」
「何が」
「昔もこんなことあったよね」
「昔ぃ?」
「さっちゃんが俺に向かえに来てって言ってさぁ」
 そうだ。覚えている。昨日のことのように、思い出せる。案山子は逆叉を見つめたが、逆叉は頑なに目を逸らし、足元の石を睨んでいた。

 学生服を着ていた頃、二人並んで歩いていた記憶がある。此処とは違ってもっと小さな川だったけれど、水の近さも、足の裏に感じる石の固さも、温い歩調もとてもよく似ている。俺は自転車を押してゆっくりと暗くて明るい道を歩いていた。彼は俺の歩調に合わせて、それでも歩きにくそうに足を余らせて、ただ歩いていた。
 迎えに来い。
 理不尽な幼馴染は公衆電話から、俺の家によく一本の電話を寄越した。食べかけの夕飯の箸を置いて、俺は自転車に跨って街中を走る。初めは闇雲に、次第に段々と検討をつけて。終いには、何も考えずとも、感覚で彼がどこにいるのかわかるようになっていた。

 街を走る。街を走る。そんな夜は、だいたい彼は暗がりの誰もいないところで蹲っていた。見つからないように、怪我だらけの体を折りたたんで、俺が来るまで息を殺していた。
 彼は喧嘩は強かったが、無鉄砲でもあったので、返り討ちにあうことも度々あった。歩けないくらいに傷ついて、また、逃げようとして、彼は俺に助けを求めるのだ。
 迎えに来い。
 誰も分からなくても、お前だけはわかるだろ。
 そういう理不尽な甘え方しか、彼はできないし、俺はそうと分かっていても馬鹿だから上手い言葉で彼を甘やかすこともできずにいた。

 そして今も、二人歩いている。屋台を離れ段々と太くなる川岸を進んでいく。こんな風に歩き続けていれば、朝日が昇るころ海に着くかな。案山子は考えて、浅くふわりと目を細めた。
「ずっと、月の道を二人で歩いてた」
 月だけが空にある夜。
「カシ」
 逆叉は案山子を昔の呼び方で呼んだ。そして案山子を見た。黙れと目に意思を込めて睨んでいる。それなのに何故か、強さはなく、迷子のように泣き出しそうだった。

 案山子も逆叉を見る。幼さの名残を探して、三十をとうに超えた親友を見つめた。逆叉の神経質に寄せられた眉間の皺を、安堵させるように笑って見せる。
「なに?」
「何でもねぇ」
「じゃあ、手ぇ繋ごう」
 そう言って差し出された手に、逆叉は抗わなかった。力なく垂れた右手に、するりと案山子の骨っぽくて長い指が絡んで、手のうちに収める。逆叉の低い体温の白い手を、温めるように優しく、案山子は包んだ。

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