花をおくる 花畑にいた。地平線までびっしりと、色とりどりの花で埋め尽くされたのどかな風景──僕はその中心にぽつんと佇み、握りしめていた拳を開いた。 ぱらぱらと、しわのできた花弁が落ちる。 その場にしゃがんで、背負っていた通学用のリュックを下ろした。様々な野草がふわりと揺れる中、ぷちぷちと花を摘む。どんな色が好きなんだろう、と思いながら。 フィズに教えてもらったコツを参考に、何度も何度も練習した手順を追って形よく花を編んでいく。完成のイメージを頭の中に描きつつ、色合いも見て、バランスが崩れないように。 大きな花、小さな花、あの子に似合う花冠を。 長くなってきた花の輪を掲げてみると、初めに作った部分がゆるく解けていた。それを手早く直すと、今度はさっき編んだところがばらばらになる。 僕は不格好なそれを繰り返し繰り返し直して、直して直して、途方に暮れた。 「せーんぱいっ。なにしてるんですか?」 聞こえた声に振り向く。 僕の後ろに立っていたのは、後輩の日比野絵美だった。プチトマトのような髪飾りがトレードマークで、表情をころころ変える、世渡り上手でかわいらしい少女だ。 僕の手元を覗き込み、もはや崩れてしまった花冠の残骸を見つめている。 「それ、私にくれませんか?」 「え……」 いつになく積極的な彼女に、僕はたじろいだ。何かうまい言い訳を考えて、やり過ごさなくては。 なぜならこの花冠は、あの子のために用意しているんだから。 あの子のために……。 あの子? 「どうしたんですか? せんぱい」 気が付くと僕は通学路に立っていた。 となりには後輩の日比野絵美。 彼女に駅まで一緒に帰ろうと誘われていたのに、ぼんやり立ち止まってしまっていたらしい。 あの子って誰だろう。日比野さんをなんとなく見て、少なくとも彼女ではなかったはずだと、視線を外す。道の先で、太陽が沈みかけていた。 「なんかカツヤのバカがめずらしくおとなしかったけど……」 日比野さんのぼやく声が聞こえる。 何かが引っ掛かっている。何かを僕は忘れている。あの子って誰だ? どうもすっきりしない、寝不足か? それが誰なのか、僕は確かに知っているはずなのに。 ふと思い出される三つの影。 鋭い目付きをしていて、ちょっと遠回りで飾ったような言葉を使う少年。ぶっきらぼうというのだけど、根はいいやつなんだ──でも違う、彼じゃない。 いつも笑顔で人当たりよく、誰とでもすぐに打ち解けられるような明るさを持った少女。そのくせ隠し事は下手くそで、どこか放っておけない──違う、彼女でもない。 逆にあまり笑わず、常に客観的で、物事を冷静に処理することのできる青年。思慮深いところは僕と似ているような気がするが、違う。僕は彼に会ったことはない。 あと一人。 あと一人いたはずなんだ……。 「ちなみにセンパイは、どんなタイプが好みなんですか?」 「え?」 日比野さんの声が思考に割り込んできた。いきなり何だ? 僕は彼女に好かれているという自覚がある。僕も彼女のことはかわいい後輩だと思っているけど、それは間違っても恋慕じゃない。もし彼女の好きがそういう類いのものであるなら、早めに対策を打っておかないと。 そんなことを一瞬のうちに考えて、僕は曖昧に笑った。 「……落ち着いた子がいいな」 そう。僕が選んだのは、落ち着いていて、少しぽやっとしたところのある少女だ。手先が不器用で、当たり前のようなことを知らなくて……マイペースなのかと思ったら、一人で抱え切れないようなものを隠すように持っている。 そうだ。彼女だ。 彼女はきっと僕より多くの経験をしてきただろうし、その結果として聡明なんだろう。僕とそう変わらない年齢だけど、この世界の住人はみんなそうだ。 だけど僕は思うんだ。彼女がフィズやラミちゃんと一緒に花を摘んでいたときに、思ったんだ。 暮らしてきた世界が違っても、僕たちは同じ人間なんだと。だから。 僕が花冠をあげたい相手は、君だ。 この世界にはいない、君だけなんだ。 クラレット。 朝日が昇るころに、君は僕を探しにくるだろう。 そして僕は一輪の花を持って、君を迎えるんだ。 リィンバウムで、君に花を贈る。 Twitterでサモのワンライがありまして、そのとき浮かんだ話をなんとなく形にしてみました。参加は!できていないんですけど!お題の「花をおくる」でトウクラを書きたかったので。 名も無き世界の夢を見る。 top |