「はい?」
予想外のセリフに、ルーシィは首を傾げた。今目の前に居るのに、わざわざ待ち合わせをする意図がわからない。
「一緒に行けば良いじゃないの」
「あそこ気に入ってんだよ」
「へえ、そうなの?知らなかった」
ナツが特定の場所を好きだと言うのは初めて聞いたような気がする。思いがけない情報にルーシィの胸が弾んだ。
大したことではないのだが、ナツにまた一歩近付けたように思える。
あたしも噴水が好きになりそう。
単純な自分に口元が緩む。誤魔化すように咳払いをすると、レビィが申し訳なさそうな顔で口を挟んだ。
「ねえルーちゃん、今日は」
「あ…、そうだった。ごめん、やっぱり行けない」
「えー」
これからレビィと、彼女の部屋の書物整理をする予定だった。何日も前からの約束で、彼女は明日から仕事があるため今日しかない。
少しだけなら待ってもらうが、買い物が『たくさん』であるならばどれくらい時間がかかるかわからない。
ルーシィはナツへの謝罪を込めて、ぱし、と両手を合わせた。素早くギルド内に目を走らせる。
仲間達は総じて暇そうだった。その中に緋色の髪を見付けて、彼女はあ、と声を上げる。
「エルザに代わりを頼んでみるから、噴水で待ってて」
ナツはぎゅ、と眉間に皺を寄せた。
「別に、待ち合わせしなくて良いだろ。つか、一人で良いし」
「え?でも、あんた噴水…」
「ルーシィが居なきゃ意味ねえの!」
ぷぅ、と頬を膨らませたが、ナツはすぐに大きく息を吐いた。
「まあ仕方ねえな。じゃ、行ってくる!」
「あ…うん、行ってらっしゃい」
来たときと同様の落ち着きのなさで、ナツが去っていく。白いマフラーの揺れるその背中に、とくとくと鼓動が踊った。
あたしが居なきゃ……?
ルーシィは両手の指を絡ませた。期待に浮かれそうになる思考を、必死に沈める。
ナツのことだから、そんなんじゃない。ナツのことだから――。
ふと、閃いた。まさか。
「…アイツ、あたしを噴水に落とす気だったんじゃ」
「えー?」
「ナツならやりかねないし」
「相変わらずハードなイタズラだね」
レビィがくすくすと笑う。それに肩を竦めて応じながら、ルーシィは一応噴水には気を付けようと心に刻んだ。
「んなつもりねえっつの」
耳に届いたルーシィの声に一人反論して、ナツは口を尖らせた。
先週仕事の帰り、大通りの噴水に通りかかったときから、ナツはなんとかしてルーシィともう一度あそこへ行きたいと思っていた。
あの日、盛大に吹き出す水音に眉を顰めたルーシィは、ナツとの距離をほとんどゼロにした。
ナツが口を開く度に、耳を寄せて。
何かを言う度に、顔を近付けて。
オレは耳が良いからそんなこと必要ねえよ――。思っただけで、言えなかった。その距離を壊すのが勿体無くて、殊更ゆっくりと、噴水を通り過ぎただけだった。
くすぐったいわけではないのにこそばゆいような、いっそのこと触れてしまいたいような。じれったくて、でも――そのままでいたくて。
あの時感じた気持ちが何なのか、確かめたい。
なんとなく、わかってはいるものの。
「また今度だな」
柄にもなく、誘うことに緊張していたらしい。固まりかけた関節をほぐすように伸びをして、ナツはポケットから買い物のメモを取り出した。