水のピアノ





とっとっと。

爪先で跳ねるような足音が、右側から近付いてくる。先ほどからルーシィの視界の端でちらついていた桜色が彼女とレビィの居るテーブルまでやってきて、ひょい、と片手を上げた。

「ルーシィ」
「何?」
「お遣い頼まれた」

ナツはそう言いながら、くい、と親指でカウンターのミラジェーンを示した。長い銀髪を緩やかに肩に流した彼女は、紹介を受けるようににっこり笑って手を振っている。

「そう」
「そう」

打った相槌を打ち返されて、ルーシィは瞬きを二回した。ナツは何かを期待するような顔をして自分の言葉を待っている。

鼓動が大きく、彼女をひっぱたいた。

わかってはいた。次に自分が言うべき――いや、いつも言っているだろうこと。しかしそれを口にするのが躊躇われて、ルーシィは固まった。

――一緒に、行くよ。

そんな簡単な一言が、言えない。


一昨日の夜、勝手に部屋に上がり込んだナツとハッピーを追い出して、一人きりになったとき――ルーシィに突然理解が降ってきた。

しぃんとした静けさが寂しいのは。
今帰らせたはずなのに、会いたいと思ってしまったのは。

冷静に思い返してみれば、ルーシィの目はナツを追っている。耳はナツを捉えようとして、手はナツに伸びていく。身体の全てがナツを意識して、心は共に在りたいと願っていた。気になっている――その程度よりも、もっと向こうにある感情。

おそらく、これは恋である。自分はナツに、恋をしている。

そのことに、気付いてしまった、今となっては。


「えと…」

ルーシィが戸惑いを見せると、彼はふ、と眉を下げた。言葉を探すように、ツリ目がちの瞳が泳ぐ。

「あ、ええと」

向かいに座っているレビィがにやりと口元で弧を描いた。そこに一つの可能性が浮かび上がったのを見て、ルーシィはナツを遮った。

「な、何頼まれたの?」
「え、あ。トマトとオレンジ。あと…たくさん」
「たくさんって」
「メモあるから、覚えてねえよ」

ナツはぽん、と上着のポケットを叩いた。その手が、落ち着かなげにそこを掻く。

「で、よ。ルーシィ――」

ぼそぼそと彼にしては珍しく言い淀んだ様子に、ルーシィは慌てて立ち上がった。

「てっ、手伝おうかっ?」
「お…おう!」

ナツは一瞬目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに笑った。ちらりとカウンターに目を走らせてみたが、ミラジェーンは素知らぬ顔でグラスを磨いている。

誘われるよりは誘った方がマシだ。

ナツのことだからそこに男女間の感情はないのだろうが、言われてしまえば期待する。そして、また――仲間だから、同じチームだから、と肩透かしを食らう。この気持ちに気付く前から何度も繰り返したやり取りに、ルーシィは防御策を講じた。

それならば、いっそのこと、自分から。

振り回されるくらいなら、と思って行動している時点で、翻弄されているに違いないが、彼女は自分を守ることで精一杯だった。
ナツがにっ、と牙を見せた。

「じゃあ、噴水のとこで待ち合わせな!」






気付いたばっかり。


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