ナツのことは嫌いではない。無邪気で無鉄砲で、弟みたいに可愛いが。
この鈍さはどうにかならないのかな。
思わず目が据わる。ロキにとってルーシィは特別すぎる。彼女の笑顔を曇らせる存在は許すことなど出来そうにない。
コーヒーカップを指で支えると、カウンターが揺れた。
ばんっ!
「止めるんなら自分でやれよ!」
ナツはロキとルーシィの間に割り込むようにして、手をカウンターに叩きつけていた。
ロキからはナツの肩に遮られて様子が見えない。が、どうなるかは容易に想像が付いた。
「ナツ!」
頭が回ったときには、もう遅かった。
びくり、と怯えた彼女は一瞬彼を見てしまった。
恐らく、涙を湛えたままの瞳で。
「っ!?」
ナツが息を飲んだ。
その隙に、ルーシィが立ち上がる。
「ちょ…」
ロキも慌てて席を立った。逃げ出す彼女を追いかけようとして――踏鞴を踏む。
「え…ルーシィ?」
ルーシィは逃げてなどいなかった。その場に足を広げて、毅然と立っている。
「何よ」
声は落ち着いていて低く――ナツを睨み上げるようなその瞳には、涙など溜まっていなかった。
ナツの勢いは針で突かれた風船のように見る影もない。何故だか同じように気圧されながら、ロキはごくり、と喉を鳴らした。
「お、オレは、ただ…」
「ただ、何よ」
ロキは唇を噛んだ。わかった。これは――彼女の覚悟だ。
確かに、何も言わず自分から離れようとするのはいただけない。立ち向かうことにしたのは良いが、これは。
彼女はきっと、ナツと決別することを視野に入れている。
ロキの心配通り、彼女はそれを口にした。
「用事ないんでしょ。あっち行ってなさいよ」
「な…」
「あたし、ロキと話してるの。邪魔しないで」
普通なら嬉しいそのセリフも、ロキの胸を絞るだけだった。きりきりと痛む。
しかしナツの変化に、ロキは全てを忘れた。
「んだよ…!」
彼は顎に力いっぱい皺を寄せた。ぎょっと目を剥いたルーシィと正反対に、リサーナがやれやれと額に手を当てる。
「な、なんで泣くのよ?」
「泣いてねえよ!」
「でも」
「泣いてねえ!泣いてねえけど…ルーシィのせいだろ」
ナツの目の周りは赤い。拳がきゅ、と小さくなった。
「お前、どうしたんだよ。なんか…おかしい」
「別におかしくなんて」
「オレには言えねえのかよ」
「だから、別になんでもないわよ」
ルーシィは困惑した様子で眉を寄せた。ナツを心配するように、手を持ち上げる。
しかしその指は、桜色の髪には届かなかった。ぴく、と迷いを見せて、また身体の横に戻っていく。
それを、ナツがぱし、と掴まえた。