マッチ売りの少女





ナツはそれを、何かの布だと思った。

降り始めた雪はまだ積もるほどではない。しかし道のところどころを泥に変える程度には地面を濡らしていた。布の端の方は踏まれたか、黒ずんで汚れている。通行人はそれが見えないかのように脇を通り過ぎて行った。
ナツは赤が好きだ。だから、その赤い布が目に入ったのかもしれない。
近付いたのは気まぐれだった。別段、触ってみようと思ったわけではなかったが、ナツはすぐにこの行動が正しいと気が付いた。それはただの布ではなかった。
中身がある。知っている――よく知っている、人物だった。

「ルーシィ?」

ここまで近寄れば間違うはずもない。顔もルーシィ、身体もルーシィ、匂いもルーシィ、だ。
息はある。随分衰弱している様子だが、意識もあったようだ。ゆっくりと、瞼が上がる。

「ルーシィ!」
「……ぅ…」

小さく呻いた彼女は、そのまま彼の方へ擦り寄ってきた。

「寒い…」
「待ってろ!すぐあっためてやっから!」

ナツは彼女の肩を抱いて、全身に炎を――纏わせるのはさすがに止めて、空いた手のひらに炎を揺らめかせた。焦げないように近付かせて、きっ、と辺りの人間を睨む。
変わらず、無関心で歩いている。倒れているルーシィにも、焦っているナツにも。

「なんだよ、お前ら!こんな街じゃねえだろ、マグノリアは!」

叫んで、気が付いた。町並みに見覚えがない。マグノリアでは、ない。

「え…ここ、どこだ?」

訳がわからず、混乱する。ルーシィを見下ろすと、彼女はぼんやりとした覇気のない目でナツの炎を見て――

拳を、彼の頬に打ちつけた。

「ぐお!?」
「売り物のマッチに何す……!?あれ、マッチ、無事だわ」
「おい!?」
「ご、ごめんなさい」

ルーシィはナツに抱きかかえられている体勢に気付いたか、慌てた様子で離れた。しかしその仕草も、危なっかしい。油断していると口の中が切れるほどのパンチも、全く力が入っていなかった。

「大丈夫か?」
「う、うん……あなたは誰?」

さっきのストレートよりも打撃を受けて、ナツは言葉を失った。答えが返ってこないことに彼女は訝るような眼差しを向けてきたが、まずは自分だ、と思ったのか、口を開く。

「あたしはルーシィ」
「オレは……ナツだ」
「そう。ありがとう、ナツ。助けようとしてくれて」

助けてくれて、とは言われなかった。暗闇に足首を掴まれたような心地で、ナツは彼女を観察した。金髪に、雪がかかる。息は白い。それなのに、あまり厚着していない。ぼろぼろのシャツにスカート、かろうじて防寒着と言えそうなものは、赤いストールだけだった。
ナツの格好はいつもと同じだった。炎で体温の調整くらい出来る。問題はない。しかし彼女は違う。現にさっき、寒いと言っていた。
そこでさらに気が付いた。今は確か、夏だ。いや、そろそろ秋の入り口に立っていたかもしれない。しかし少なくとも、雪が降るはずがない。

「なんだ、これ……?」

ルーシィはよろよろと立ち上がると、足元のカゴ(ナツはそこにカゴがあることさえ気付いていなかった)を持ち上げて、そこから何か取り出した。握りつぶせそうな大きさの箱――マッチ、だ。

「マッチはいかがですか?」

声を絞り出すようにして、ルーシィが通りに向かってマッチを掲げる。ナツはようやく思い出していた。

「『マッチ売りの少女』……」

ルーシィと、二人。
本の中に、入ってしまった。






近藤真彦氏ではない。


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