いないいないばあ





まるで隠すように、それはソファの隙間に捩じ込まれていた。

「なんだ、これ」

覚えのない本。ルーシィの部屋ならまた本か、と思うところだが、ここは自分とハッピーの家。ナツは本=ルーシィと結び付けて、確認のため匂いを嗅いだ。

「あれ?ハッピー?」

自分と混じるほど側に居る相棒の匂いに、ナツはそこでようやく本の表紙を見た。爽やかな緑色のカバーに、二行に分かれたブロック体。

『彼女の心を掴む百の方法』――

「あー」

あー、としか言えない。今現在、白い猫にアプローチしているだろうハッピーを思い描いて、ナツは長く息を吐き出した。

「……頑張れよ」

元通り、本を戻す。隠していたのかそれともたまたまそこに入り込んだのかはわからないが、どちらにしてもハッピーが嬉々として自分に見せに来る類の本ではないことは確かだった。見なかったことにしておくのが無難だろう。
ナツはソファに仰向けになった。先日まで傾いていた東洋の文字額が水平になっている。ルーシィがしてくれた掃除のおかげなのだが、部屋のそれ以外の部分は概ね彼女が来る前に戻っていた。
ぼんやりとそれを眺めて、ナツはくるりと身体を回転させた。うつ伏せになって、ごそごそと再度本を掴む。

「……」

頼りないほど、薄い本だった。とりあえず開いてみる。ぱらぱらと捲ってみる。

「……なんだ」

期待したようなことは書いていないらしい。最後数ページに、同じ出版社の本の紹介がさらりと書いてある。その中に性の文字を見付けてナツはぱたん、と本を閉じた。

「まあそりゃそうか」

ハッピーの持ち物としては、本が健全であることは当たり前だった。大体人間のことが書いてあったとしても、彼が参考に出来るとは思えない。
ナツは玄関の扉を見た。まだハッピーは帰ってこない。
大きくあくびをしてから、ナツはまた本を開いてみた。服装は清潔感を、さりげない気遣いを、優しい微笑みを、話を聞く努力を――。すぐに忘れそうな、こと細かいアドバイスを流し読みしながら、首をこきりと鳴らす。
それが目に飛び込んできたのは、ナツが『身体を鍛える』の項目に頷いてページを捲った直後だった。

『タイプ別攻略法』

「ん?」

年上だの無口だの、色々な女性について書いてある。ナツはその中の一つに目を留めた。

――フレンドリーな女性。

頭の中にルーシィが浮かぶ。初めて会ったとき、向こうから声をかけてきた彼女。無視して立ち去ることも出来たのに、お礼だと言って飯を奢ってくれた。にこにこと愛想良く気さくで、まさにフレンドリー。
ナツはじっくりと読み進めた。

「『スキンシップが多く、いつも笑顔』って、はは、めっちゃルーシィじゃねえか。『すぐに付き合えそうな女性』――いや、わかんねえけど。『むしろ向こうから積極的に彼女にしてくれと言っているかのような、こんな女性には要注意』――ん?『彼女達は誰とでもそうである』……?」

お前だけじゃねえぞ、と本に言われたみたいだった。氷水を頭から被ってその塊が脳天を直撃したような衝撃が、ナツを襲う。
自分が一番仲が良いと思っているが、同じチームであるグレイとも、確かに彼女は気が合っているように見える。いや、誰に対しても、彼女は態度を変えていない。

「え……」

呻きは喉の奥に貼りついた。ぶんぶん、と頭を振って、続きを読もうとページを捲る。

『フレンドリーはあくまでフレンド止まり。恋とは別。彼女達の中ではきっちり線引きされているためどんなに仲が良くなったと思っても錯覚である場合がほとんど。告白するとそんな風に見ていなかった、ごめんなさい、という返事が多いタイプ。恋をすると一途で、大抵その相手と上手くいくため、女性に好きな人が居るのなら潔く諦めた方が良い』

文章はそこで終わっていた。

「……攻略できてねえじゃん」

物言わぬ本にツッコミを入れて、ナツは今度こそソファの隙間に押し込んだ。外していたマフラーを掴んで、玄関を出ながら首に巻く。
走り出した足は、一直線にルーシィの部屋を目指していた。






ちぇ、エロいこと書いてあるかと思ったのに。


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