「ルーシィ!」
「わあああ!?」
悲鳴と共に、ばしゃん、と水しぶきが上がる。ナツは顔にかかったそれを手で払いのけた。
「ルーシィ、お前、」
「出てけーっ!!」
「ぐもっ!?」
ずごん、と顔に何かがめり込む。シャンプーの容器だと気付いたときには、ナツはもう脱衣所に倒れこんでいた。
「ルー、」
「部屋で待ってなさい!」
ルーシィは真っ赤な顔で浴槽からナツを睨みつけている。
怖い。
とっさにナツは浴室の扉を閉めた。四つんばいでさかさかと部屋のソファに逃げる。あのまま強引に押し入ったら肉塊になりそうな予感がした。
いや、まだ危機感が消えない。
「信じらんない…!」
ぶつぶつと脱衣所から声がする。小刻みに震える手でクッションを掴みながら、ナツは彼女が出てくるのを待った。とりあえずごめんなさいは言った方が良さそうだ。いや待て、誠意を見せるために土下座した方が良いかもしれない。あれ、でもルーシィ、反応良すぎて、オレ何も見えなかったじゃねえか。これ、損してねえ?
「……なんか納得いかねえ」
「何がよ?」
呻いたナツの前に、いつの間にかルーシィが仁王立ちしている。背筋が叩かれたように伸びた。
「あ…その、悪ぃ」
「覗きなんて最低」
「のっ…」
「ナツのこと、信じてたのに」
濡れた髪から落ちた水滴が、肩のタオルに吸い込まれる。ナツは「覗きじゃねえもん」と一応言ってみた。
「ちょっと急いでたんだよ。お前がたまたま風呂入ってたってだけで」
「じゃあ外から声かけなさいよ!」
「相変わらずムカつくわね」と言って、ルーシィは言葉通り苛立ったようにナツの隣に腰を下ろした。がしがしとタオルで髪を拭きながら、じろりと視線を向けてくる。
「もう良いわ。で、何なのよ」
「え。……なんだっけ」
「知らないわよ」
「あ、そうだ。お前、好きな奴、いるのか?」
「……は?」
ぴたり、と手が止まった。ルーシィの片眉が上がる。
ナツはもう一度、ゆっくりと発音した。
「好きな奴、いるか?」
「は…はい?」
ぼぼぼ、と火が点いたように、ルーシィが茹で上がる。ナツは彼女の肩を掴んだ。
「赤くなった!いんのかよ!?」
「そっ、そうじゃなくてっ!あんたがいきなりそんなこと訊くからでしょ!」
頬を手で覆って身を捩ったルーシィを、ナツは引き戻した。手が四本あったなら、頬の手も引き剥がしていただろう。
彼女は力一杯狼狽した様子で目を泳がせた。
「な、なんでそんなこと?」
「いんの?」
「い…あんたは?」
「いるわけねえだろ、好きな奴なんて」
色恋など、自分には無縁だと思っている。ナツの返答に、ルーシィは急に落ち着きを見せた。
「そうね、そんな感じよね」
「オレのことはどうでもいいんだよ。お前は?」
「あたしもいない、よ」
ルーシィは何かを考えるように首を傾げた。自信なさそうに、眉を下げる。
「正直、恋とかよくわかんない」
「そか」
ほっとした。
肩から力が抜ける。解放されたルーシィが毛先の水分を拭うように髪をタオルで挟んだ。
「なんでいきなりそんなこと訊くのよ」
「本によ、ルーシィに好きな奴が居たら諦めろって書いてあったから」
ナツは腕を組んで、ソファに深く沈んだ。うん、と頷く。
「いあー、焦った」
背もたれに頭を乗せる。
天井を仰ぐ。
深呼吸する。
――気付く。
「――……あ?」
ナツはゆっくり、ゆっくりと身体を起こした。
ルーシィは時間が止まったように動かない。その固まった瞳に自分を映して、ナツは呆然と口を開いた。
「オレ……好きな奴、いるっぽい」
さっきの比ではないくらい、ルーシィが赤くなる。
もし彼女が『そんな風に見ていなかった』と言うならば。
『じゃあ見ろ』って言ってやる。
ナツはいつでもその言葉を発することが出来るように、唇を湿らせた。