「オイラ、ちょっと出かけて来るね」
「え?」
「夕飯までには帰るから」
「ちょっとあんた、あたしん家で食べる気?」
ルーシィがハッピーを捕まえようと伸ばした手は、ナツの目の前で空を切った。
思った以上の速さで、相棒は窓の外に翼を広げていった。突いた頬杖から頭を中途半端に浮かせた状態で、ナツは白い雲からルーシィのまだ伸ばされたままの手に目を移す。辿った先は半眼の呆れ顔だった。
「何よ、もう…」
「あー、なんかシャルルがどうのって言ってた気がする」
「ふぅん?」
ナツと目が合うと、ルーシィはくすり、と笑ってくれた。もう機嫌が直ったのか、それとも初めから感情を害してなどいなかったのか。
それとも。
自分の内に何かが浮かびそうになって、手繰り寄せるように手を伸ばす。しかし触れたのは紅茶のカップだった。ほとんど中身の入っていないそれは冷えていて、ナツとハッピーがここに来てからの時間の経過を証明している。
「紅茶淹れ直すわね」
ルーシィが苦笑気味にナツのカップを回収した。その指がかすかに触れて、なんでもないように離れていく。
冷たいカップと、温かい指。とくり、跳ねる鼓動と、知らず動く喉。
キッチンに消える背中を目で追ってから、ナツは今しがた触れたばかりの指を見つめた。
ほんの少し掠っただけ。
しかしこの場にハッピーが居なくなって二人きりになったことが、ナツを緊張に追い立てていた。
ルーシィのことは嫌いだと思ったことが無い。仲間で。良い奴で。もちろん好きだった。
その当たり前のように存在していた感情が、他の仲間に対するものとは違うことに気付いたのは、一体いつだったのだろう。
向けられる笑顔が嬉しくて抱き締めたくなる衝動は、いつから感じていたのだろう。
ルーシィが好きだ。
何度も思う。
ルーシィが好きだ。
強く思う――。
「はい、お待たせ」
「へっ?」
目の前に、湯気を立てるカップが置かれる。考え事をしていたせいか、それは時間も空間も飛び越えてきたように思えた。
ルーシィは気に留めた風もなく、自分のカップに、ピッチャーに入った何かを傾けた。
「ん?」
「今日寒いから、ミルクティにしよっかなって」
白い液体が澄んだ紅茶を濁らせていく。寒いと言う割に薄着の彼女を見返して、ナツは首を捻った。
「それ、冷めるんじゃねえの?」
「ナツが居るじゃない」
「へ?」
「あっためて」
ルーシィはにっこりと、ナツにカップを差し出した。
お前ごとなら。
頭に浮かんだだけで、言えなかった。そんな自分に呆れつつ、温いカップを受け取る。炎を出さないギリギリの熱量を、手に込めた。
いっそ口に出てしまえば良いのに、とナツは思う。一瞬考えてしまうから、まだ良いか、と逃げ道が出来る。
そして飲み込んでから、胸の中で暴れだす。
「ありがと」
ルーシィはナツの手の中を見ながら、テーブルに両肘を突いた。その上に顎を乗せて、んん、と目を細める。
「火って便利よね。火の星霊、居ないかしら」
「お前は火使わなくても良いだろ」
むっとして、ナツは彼女を見据えた。
「オレが居んだから、要らねえだろが。お前は…」
ナツ自身は熱を加えるのが得意分野だ。大抵の物は温めるどころか、燃やすことができる。だが。
ナツの心は、ルーシィにしか温められない。
言える。今なら。この流れなら。
唇を一度湿らせる。宝石のようなルーシィの瞳を真っ直ぐに捉えて、彼は口を開いた。
「お前にしか温められねえモンだけ、あっためりょ」
「へ?」
……噛んだ。
ナツはがつん、と額をテーブルに打ち付けた。脱力した手が持っていたカップに気付いて勝手にバランスを取ってくれる。
「今、噛んだわよね?」
「…うっせ」
泣きたいような気持ちで――実際に目の端に涙が滲んでいたかもしれない――ナツは呻いた。
ゆらり、丸い香りを放って、ミルクティが揺れた。