「…わかってはいたけど」
「あい」
ルーシィとハッピーは揃って生ぬるい笑顔を浮かべた。
「ん?何が?」
「こんな高いとこまで浮くって…能天気よね」
「あい、予想通りすぎて逆につまんないよ」
「おい!?」
暴言ではあるものの、くすくす笑うルーシィが嬉しい。頬がむず痒くなって肩に擦り付けると、ハッピーが高い声を出した。
「ナツー?どこ行くのー?」
「へ?」
前を向くと、ルーシィ達どころか壁もない。足は屋根をゆうに飛び越えていた。
ハッピーがナツを追いかけるように、ばさ、と窓から飛び出してきた。
「ナツ!」
「おう」
青い猫はナツの背中を掴むとぐい、と引き下げた。しかし彼の身体はまるで何かの上に乗っているかのように、びくともしない。
「うーん…」
「いあ、無理そうだな」
柔らかな耳がしゅん、と項垂れる。
「オイラ、役立たずでごめんね」
「んなこと」
がくん、と床が抜けたように視界がぶれた。舌を軽く噛んで、ナツは呻く。
「大丈夫?」
まだ二階の窓までは下りていない。ルーシィが心配そうにこちらを見上げていた。それを認めて、またふわりと浮遊感がナツを襲う。
ハッピーがはあ、と溜め息を吐いた。
「ルーシィのとこに来たのはまずかったんじゃないの?」
「へ?」
「際限なく浮いちゃうよ」
「そんなわけ……」
ちらりと目をやると、彼女は両手を口元に当てて「あんまり高いとこ行ったら危ないんじゃないのー!?」と叫んでいる。それが妙に必死で、面白い。
「ほら」
「う…」
ハッピーが得意げに腰に手を当てる。ナツはまた小さくなった街路樹を見下ろして、頭を掻いた。
「まあ、ルーシィと居て嫌なことはねえよな」
「……」
「でも楽しいと離れてくんだよなあ……ん?なんだ、ハッピー?」
「なんでもないよ」
なんでもないとは言葉だけだった。彼は明らかに笑いを堪えながら、口元を小さな手で押さえている。ナツはそれがあまり良くないことだと本能で感じ取って、わからない程度に近付いた雲を見上げた。
こうなったら限界に挑戦してみたい。
「どこまで行けると思うよ?」
「魔法、いつ切れるの?」
「さあ…グレイの奴は半日くらいだろ、って言ってたけど」
「切れたらいきなり落ちていくんじゃないのかな」
「うげ、危ねえな」
それは困る。いくら頑丈な性質とはいえ、大怪我は免れないだろう。
ハッピーは「とにかく、これ以上は浮かない方が良いと思うよ」と手を振った。
「少しずつ、下がれないの?」
「うーん」
気分が暗くなるようなことを思い出そうとして、ナツは目を瞑った。しかし悪いことはすぐ忘れる頭の持ち主、容易に思い浮かばない。
ルーシィが叫んだ。
「戻ってきなさいよー!」
「いあ、戻れねえんだって!」
「なんでそんな浮かれてんのよー!?」
「お前が面白ぇからだろっ!」
「そうだ!」
ハッピーがぽん、と手を打った。
「待ってて、オイラに策があるから!」
嫌な予感がするから良い。
言う前に、相棒は輝くばかりのイイ笑顔で飛び去った。