「上なら問題ねえだろうが、下は地面だって穴が開く。出来るだけ浮いてろ。わかったか?」
「んー、まあ…」
グレイの説明に、ナツは一応頷く。脱ぎ捨てられた服は彼の斜め後ろに脱け殻のように落ちていた。なぜパンツ一丁の男に諭されなきゃならないのか、理解に苦しむ。
「おい、早速沈んでんじゃねえよ」
「あ」
土がまるで泥のようだった。ずぶずぶと足が取られて、思うように動けない。
「なんか楽しいこと考えろよ。気が軽くなるような」
「じゃあまずお前が目の前から消えろよ」
「ああ?」
「んだよ、やるか?」
裸の男を前にテンションが上がるはずもない。しかしグレイに同様の視線を向けられると、喧嘩の空気に彼の足がふわりと浮いた。
「お」
「んだ?暴れんのが楽しいのかよ、頭空っぽなんじゃねえの?」
グレイは疲れたように首を回した。
「じゃあ、そのまま浮いて行けよ」
「ん?どこに?」
「ルーシィんとこ行くんじゃねえのか?」
ルーシィ。
彼女はこの状態の自分に、どんな反応をするだろうか。
未来を想像して、目が斜め上に向く。そこには澄みきった青空があった。
「おう、行く……あ?グレイ、どこ行った?」
「ここだよ」
見下ろすと、爪先の届かないほど下に黒髪があった。嫌そうに、目が眇められる。
「てめえに見下ろされるなんざ、屈辱だな」
「へへん、悔しかったらここまでおーいで」
「ガキか!」
あっかんべーをしてやると、額の傷の隣に青筋が浮かぶのが見えた。ひゅぅ、と冷えた魔力が彼に纏わり付くのがわかる。
しかしグレイは魔法を使わず、び、とナツに人差し指を向けた。
「待ってろよ!今魔法かけてくっから!」
「あ?」
言うが早いか、ダッシュでギルドに戻っていく。その背中が建物に吸い込まれてから、ナツは鼻で笑った。
「待つわけねっつの」
足を動かしてみると、心許ないが一応前に進んだ。地面に落ちた影が躍る。思い立って泳ぐ真似をしてみたら、これも上手くいった。楽しくなってくる。
「おお、面白ぇ」
また少し、目の位置が上がった。
「ルーシィ!」
部屋の中に、金髪が見える。
ナツはいまや、二階の窓の高さまで浮かんでいた。空中を走るようにして近付きながら、彼女からまだ遠いとは知りつつも両手を振る。理由も根拠もなく、気付いてくれる自信があった。
彼の願い通り、ルーシィの瞳はこちらを向いた。
「……」
何か言ったのか、口が動く。大きな目がさらに見開かれた。
ぱたん、と窓が開いて、風が彼女の金髪を揺らす。足元からそこまで、空に一本道が見えた気がした。
「よ、ルーシィ!」
「うん、ナツ。今ね、ハッピーが……」
言いかけて、ルーシィは「あれ?」と部屋を振り返った。窓枠に飛び出すように、青い猫が姿を見せる。
「え、ナツ?」
ルーシィはハッピーとナツを見比べた。呆然としたような表情で、目を瞬かせる。
「ナツ、あんたどうやって飛んでるの?」
「今気付いたのかよ」
「オイラなしでも飛べるの!?オイラのアイデンティティーは!?」
「いあ、そういうんじゃねえから」
涙目の相棒に頬を掻いて、ナツは魔法書のことを説明した。