「う……」
「え?」
ルーシィは本から顔を上げた。読み始めた頃は何かと話しかけてきていたナツが、いつの間にかテーブルの向かいに突っ伏して眠っている。
ハッピーは彼の後ろのテーブルで猫の集会をしていた。それをちらりと確認してから、ルーシィはナツの肩に手を伸ばした。
「ナツ?こんなとこで寝ないでよ?」
「んう」
「風邪引く…とは思えないけど、」
「潰される……」
「はい?」
苦しげに呻いたナツを覗き込んで、ルーシィは眉を寄せた。桜色の髪が縁取る額には脂汗が滲んでいる。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
「る、ゥーシィ、重い……苦し…」
「……」
ひく、と口元が引き攣る。ルーシィは瞼を半分下ろして本を構えた。そのままナツの脳天目掛けて振り下ろそうとして、ぴたりと手を止める。
「……知らないっ」
夢とは言え、乙女心が傷付けられた。悪夢から救出などしてやらない。
ぷい、とそっぽを向いた彼女に、ナツは畳み掛けるように唸った。
「お、重い…」
「ああそう」
「やめろよ……」
「知るか」
「んん…」
ナツはイヤイヤをするように首を振った。
「乳、でかすぎ…」
「なんの夢見てんのよっ!?」
「ぐがっ!?」
堪らず叩き付けた本の表紙が、ナツの頭で勢い良くバウンドする。がばりと起き上がった彼の鼻の頭は、テーブルに打ち付けたせいで赤くなっていた。
「え…あれ?乳は?戻ったのか?ぶべっ!?」
「寝ぼけてんじゃないわよ!?」
胸に伸びてこようとした手とぽかんとした顔をフルスイングで撃退して、ルーシィはきっ、と彼を睨みつけた。
「サイテー!」
「あ、夢だったのか」
こしこしと目を擦る彼は毛繕い中の猫のようだった。常ならば可愛いと感想が浮かぶところだが、そんな余裕はない。
「人をヘンな夢に登場させないで!」
「んなこと言ったって、ルーシィが勝手にオレの夢ん中に出てきたんだろ。しかもやめろっつってんのに乳でかくしやがって」
「あたしじゃない!」
「元々でかいんだから巨大化させんなよな」
「なにそのやれやれってポーズ!?」
「それ以外は良い夢だったんだけどなあ」
「そ……、そお」
心底残念そうな表情に、ルーシィは怯んで俯いた。自分が出てきて『良い夢』だなどと、どきりとする。
「……どんな夢だったの?」
ナツは思い出すように斜め上を見た。
「オレが乗ってた列車を、ルーシィが止めてくれたんだ」
「……ああそう」
「助かった、さんきゅな」
「夢だけどね」
そんなことか。声が自然と低くなって、ルーシィは肩を落とした。胸の高鳴りが無駄に終わって、テーブルの下でカツン、とヒールを鳴らす。
だいたいナツは思わせぶりが過ぎる。ちょっとした言葉のすれ違いで、こんなことは日常茶飯事だ。
頭を切り替えなければ。
ルーシィが静かに深呼吸すると、ナツは悔しそうに指を鳴らした。
「ぎゅー、とちゅー、まではいけたんだけどな……ったく、抱きついてきたと思ったら乳に潰されんだもんなあ」
「ぎゅ……ぇ?」
「乳はでかすぎない方が良いぞ、ホント」
ナツは真面目な顔をしてルーシィを見つめてきた。頭の中は足跡一つ無い白銀の世界で、意味を捉えることはおろか、耳から入った音を言葉として認識することすら出来ない。
声を失った彼女に、「ん?」と桜色の頭が傾いた。
「どした?」
「ぁ…い、今、なんて」
「んあ?ああ」
ぽん、とナツは両手を打った。
「今の大きさなら大丈夫だ。でかいけど、別に潰されはしねえよ」
「そんなこと聞いてないっ!」
ばこん、とナツの顔面で本が良い音を立てた。