「おはよ」
「……あ?」
柔らかく微笑まれて、ナツは瞬きを返した。背景は自分の家――ぐぐ、と両腕を伸ばしてから、気付く。
「あれ…ルーシィは?」
覗き込んでいたハッピーが『にっこり』を『にやり』に変えた。
「オイラ驚いちゃったなあ。帰ったらナツがルーシィをぎゅってしてるんだもん」
「へ?」
「くっ付いて離れないし」
「え?」
腕を下ろせないまま、ナツは見せ付けられた『にたり』を凝視した。きっかり3秒後、記憶とその感覚が蘇る。
「は…あ!?」
喉の奥が熱い。今は誰も居ない腕を上げると、ごく薄く、彼女の匂いが残っていた。心臓が奏でるドラムロールが遠く聴こえる。
ルーシィを、抱き締めた。
彼女に対してスキンシップが多いとすら認識していないナツだったが、彼なりの越えない一線があった。肩に触れる、引き寄せる、は仲間だから問題ない。それ以上、は。
オレ……あ、なんだ――。
発見より軽く、理解よりも浅く――ナツはただ、それに気が付いた。
「んだよ…」
くしゃり、前髪を掻き混ぜる。すっきりと晴れた青空が、見えた気がした。
しかし全く忍ぶ気配のない忍び笑いは止まりそうにない。反応を窺うような三日月の視線に耐えられず、ナツはタオルケットを猫に被せた。
「わ、ちょ」
「こうしてやる!」
布越しに捏ね繰り回すと、小さな身体は球体に近付いた。手と思しき物がもぞもぞとナツを押し返してくる。
「ナツー」
「んだよ!?」
「良かったね」
「お……おう」
ぴたりと手を止めて、ナツはタオルケットを剥がした。ぼそぼそになったハッピーが嬉しそうに目を細める。
「元通りだね」
「うん、そうだな」
毛並みを寝かせるように撫でながら、ほっと息を吐く。もう、近寄ってもルーシィが苦しむことはない。嫌われてもいない。また隣で、笑顔を見せてくれる――。
「ルーシィ、帰ったのか?」
家の中にその姿はない。無意識に玄関扉を見やると、ハッピーはやれやれ、と言うように肩を竦めた。
「だって昨日だよ、ルーシィが居たの」
「オレ一日寝てたのか?」
損したような気になって、ナツは眉を下げた。マフラーを掴んで、相棒を促す。
「飯も食いてえし、ギルド行こうぜ」
「あい!」
玄関を開けると太陽に迎えられる。ナツは拳を振り上げた。
早くギルドへ行って――ルーシィに、会いたい。
「よっし、今日は駆け足の修行だー!」
「あいさー!」
元気良く応じたハッピーと共に、ナツは勢い良く駆け出した。
「おう、ナツ!」
「解決したんだってな!」
建物に入った途端、仲間達から声がかかる。
軽く上がった息を整えて、ナツは笑顔を返した。すでに位置は確認してある。カウンター、いつもの席――。
――ルーシィが、小さく肩を揺らした。
「ネコマンダーアタック!」
背中に迫ってきたそれを避ける。すたん、と床に着地したハッピーが腰に手を当てた。
「またオイラを置いて行ったね!?」
「おう、悪ぃ」
「軽いよ!?」
青い猫を踏まないようにしつつも、ナツは真っ直ぐカウンターに足を進めた。
ルーシィの隣にはウィルフレッドが座っている。どこか緊張したように背筋を伸ばした彼は、ナツの姿を見付けてスツールを下りた。近付いていくと、ほっとしたような顔で肩の力を抜いていくのがわかる。
ハッピーがふふん、と笑った。
「邪魔するの?」
「だからそんなんじゃねえっつの」
ナツはむっとして唇を尖らせた。目も向けずに、彼の勘違いを指摘してやる。
「邪魔してんのはウィルの方だ」
「…え」
絶句した気配を無視して、ナツは大股で金髪に近付いた。