「別に、状況通りだよ。お前に近付くと倒れる薬を飲んだ、それだけだ」
「薬?」
「だぁら、それがなんなのかって言ってんだろうが!なんでルーシィがそんなモン飲まされなきゃなんねえんだよ!?」

その問いにも、グレイはナツの満足する答えを返してはこなかった。ぐ、と眉間のシワを深くして、低く告げてくる。

「教えられねえ」
「ふざけてんのか!」

動かせない腕にぐぐ、と力を込める。枷の代わりにベッドを燃やしてやろうかと奥歯を噛み締めたとき、声が意識を散らした。

「僕がルーシィを好きだからだよ」

横になっているナツからは、それはまるで上から降ってきたように感じた。こちらの心情とは全く異なる落ち着いた声色に、一瞬それが言葉なのかどうかわからなくなる。
首を向けると、いつの間にか開けられた扉の前にウィルフレッドが居た。沈鬱な表情で佇んでいる。
ナツは腹の底に燻る火へ空気を送るように唸った。

「てめえ…!」
「帰れって言っただろ」

グレイは痛々しいものでも見るように顔を歪めた。それに首を振って、ウィルフレッドが扉を閉める。

「そういうわけにはいかないよ」

外で小さく物音がする。聞き耳を立ててくる複数の気配がした。
ウィルフレッドはそれに気付かないのか、ナツを見つめて拳を握った。

「ナツがルーシィと一番仲良いんだろう?僕にとっては邪魔だったんだ」

ぴくりとグレイが揺れるも、口を挟むわけではなかった。ナツが疑問に思うより先に、ウィルフレッドはがばりと頭を下げる。

「でも、こうすべきじゃなかった。ごめん…ごめんなさい」
「おいグレイ、これ外せ」

数瞬の逡巡を見せてから、グレイは指を鳴らした。高い澄んだ音を立てて、氷が砕け散る。
ハッピーが心配そうに見上げてくるのを無視して、ナツはゆっくり起き上がった。物言わぬ薄茶の後頭部を睨みつける。

「お前、なんか嘘吐いてるだろ」
「……吐いてない」

沈黙が全てを語っている。ナツはウィルフレッドの前まで進むとぐい、と襟首を掴んで引き上げた。
漆黒の瞳が悲しみと後悔に揺れていた。

「お前がやったのは間違いねえんだな?」
「僕が飲ませた」

ウィルフレッドが唇を引き結んだと同時に、ナツはその頬を殴った。軽く飛ぶようにして床に叩きつけられた身体を、鋭く見下ろす。

「ルーシィに惚れてんなら、苦しませるようなことすんじゃねえよ!」

彼は項垂れたままくぐもった声で「ごめん」と謝罪した。痛むだろう顔を庇うでもなく、両手はだらりと力を失っている。
殴らされた、と感じたがナツは舌打ちだけでそれを押し込めた。こちらも殴りたかったのだから、問題はない。

「元に戻せ」

嘘を吐いていようとなんだろうと、細かいことはどうでも良い。ナツには、以前と同じようにルーシィに接することが出来ればそれで良かった。

「その方法だけどよ」

口を開いたのはウィルフレッドではなく、グレイだった。

「時間が経てば治るわけじゃねえし、解除薬も作れねえ」
「え、ずっとこのままじゃないよね…?」

ハッピーが不安そうにベッドから彼を見つめる。グレイは肺から搾り出すように長く息を吐いた。

「方法は二つだが」
「もったいぶってんじゃねえよ、早く言え」

瞬きを忘れていた目が乾きを訴える。ナツは一度強く瞼を閉じてから、改めてグレイを睨んだ。
彼は厳しい顔を向けてきた。

「お前、ルーシィに嫌われろ」
「……は?」
「それしかねえ。エルザとも相談してみるが、多分同じ結論になると思う」
「…………は?」

グレイの目は真剣で、冗談を言っているわけではないことはすぐにわかる。しかしナツはそこになんとか嘘を見付けようと、躍起になって見返した。
グレイは全ての努力をあざ笑うかのように片手を振った。

「そうじゃなきゃ、ルーシィとウィルがキスするか、だ」

脳が理解を拒否する。

視界の端で、口元を拭ったウィルフレッドの手の甲が赤く染まった。






ナツがルーシィにフラれりゃ良いんだ。


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