想像してみる。
ルーシィが眉間に皺を寄せる。両腕で自分を庇うように抱き締めて後退る。見たくないものを見てしまったかのように目を眇めて吐き捨てる。
嫌い――。
「っ…」
これは効いた。
あっかんべーされる、殴られる、手で追い払われる、目を逸らされる――頭で展開した何通りかの『嫌い』の中で、一番辛い。ナツの考えられる限り、最低の予想図だった。
「んん…でもなあ…」
あのルーシィが本当に自分を嫌いになるなどと、あるのだろうか。どうしてもそう思えず、麻酔がかかったように痛みが遠い。
ナツはルーシィに対してやりたい放題しているとの自覚はある。それでも彼女は笑っているではないか。
だいたい。
「近付けなきゃ、嫌われることも出来ねえよ」
ナツは岩の上でごろりと横になって、夜空に片手を翳した。触れられない。星にも、ルーシィにも。
「ナツ、まだ入らないの?」
「おー…」
ハッピーの心配そうな声に適当な返事をして、ナツは目を閉じた。
『明日、マスターが戻られたら相談してみよう。とりあえず、今日のところはナツも家に帰れ』
ギルドに戻ってきたエルザは、話を聴いてナツの肩を叩いた。どこを見ているかもわからない彼に、優しく噛んで含めるように言い渡す。
『良いか、呼びに行くまで決して家から出るんじゃないぞ』
その言い付けは守れなかった。閉鎖空間ではまともに息が出来そうにない。家のそばで、ナツはぐずぐずと空に溶けていた。
時間が経つにつれ、彼の精神は一応の安定を見せていた。しかしまだ感情が麻痺していて、見るもの聴くもの、世界が霞んでいる。こんな事態を引き起こしたウィルフレッドにも怒りが向かないほどに、頭が漂白されていた。
ハッピーがざり、と地面を擦る音がする。
「ご飯食べないの?」
「おー…」
「もう寝ようよ」
「んー……先、寝てて良いぞ」
食欲もない。眠くもならない。それが生きる気力を失っていることには、彼自身は気付いていなかった。
ハッピーの気配はまだそこにある。ナツは身を起こした。
「なあ、嫌われるって、どんなことすりゃ良いんだ?」
「……ホントに、嫌われるつもりなの?」
「だって、ねえだろ。それしか」
ナツは出来るだけ平静を装った。もう一つの選択肢が頭を掠めて、吐きそうになる。一瞬だけでも勝手に想像した脳みそも、捨ててやりたい。
握り締めた拳を意図して開くと、手のひらに爪の痕が付いていた。
「嫌われるしか、ねえよ」
もう一度呟いて、ナツはまた仰向けになった。ハッピーが岩の上に登ってくる。
「オイラ、ナツは嫌われたくないって言うかと思った」
「そりゃ、嫌われたくはねえよ」
「ううん、そうじゃなくって」
背筋が凍る。ハッピーの言いたいことがもう一つの解決方法だと気付いて、ナツは相棒を凝視した。
「んでだよ」
「だって、嫌われたらもう二度と近付けないよ。チームだって解消しなきゃならないだろうし」
「……」
「近寄れない今より…」
ハッピーはそれ以上は言わなかった。萎れたヒゲが下を向く。
ナツは目を閉じた。瞼の裏で、ルーシィが倒れている。最後に見た彼女の姿だった。
そこにウィルフレッドがやってきて、彼女を抱き起こす。そして――。
ぎ、と奥歯が鳴る。ダメだ。絶対、ダメだ。
「ルーシィが苦しまなくなるだろ。今より全然マシだ」
ナツは言って、唇を噛んだ。ハッピーが力なく「そうだね」と頷く。
「ルーシィがナツのこと嫌いになっても、オイラはナツのこと、好きだよ」
「おう…ありがとな」
月と星が、今日はやけに明るい。
手のひらで柔らかな猫っ毛を撫でながら、ナツはようやく襲ってきた現実感から目を逸らした。