舌が震える。空気が苦い。ルーシィはまだ何も言わない――。

口を開く決断までは、数秒もかからなかった。

「で?」
「え…な、何?」
「付き合うのか?…ウィルと」

言い出すのを待ってなんていられない。どうだったのか考えてやきもきするのは、自分には堪えられそうもない。
ルーシィが目を見開いた。ウィルフレッドから向けられた視線が何か言いたげに見えて、ナツは息を吸う。

「オレには関係ねえけど。同じチームだし、知っておいた方が良いし」

違う。こんなことが言いたいんじゃねえ。

耳に届いた自分の言葉を、心が真っ向から否定した。ルーシィのまとめた金髪が揺れるのが、やけにゆっくりと見える。グレイが怪訝そうな顔で「おい、ナツ」と呼び掛けてくるのを遮る形で、ナツは叫んだ。

「――今のなし!」

ギルド内から音が消えた。浴びた注目がぴりぴりと肌を焼く。
ナツの最終手段は手だ。そばに行って触れることさえ出来れば、手が言葉以外の何かを伝えてくれる。喧嘩しようがからかおうが、本気じゃないことをわかってもらえる。
しかし今、手を届かせることは出来ない。声だけ。ならば。

本当のことしか、言っちゃダメだ。じゃねえと。
ルーシィが――どっか行っちまう。

ナツはルーシィの瞳に集中した。

「やめろよ。付き合うなんて」

存外簡単なことだった。押し殺していた思いに逆らわなければ、それは堰を切ったように、ナツの中に溢れる。
ルーシィが両手で口を覆った。構わず、声を張り上げる。

「オレとお前と…ハッピーとっ!ずっと一緒だろ!?だからっ」

ウィルと付き合うな。お前の特別にすんな。
そのポジションには、もうオレらが居るんだから――!

全てをぶつけることは叶わなかった。ナツが息を大きく吸ったと同時にふわりと金髪が流れ落ちて、空気がざわめく。
皆が一斉に騒ぎ立てたように思えたが、その中でも、ナツの耳にはウェンディの焦った声が残った。

「ルーシィさん!?」

青味がかった髪が視界に筋を作る。ナツは倒れたルーシィを中心に展開される光景を、呆然と目に映した。

「なんで?」
「一応、お前は壁まで下がれ」

とん、と誰かに肩を叩かれる。それに押されるようにして足をふらつかせながら、ナツは後退った。
ウェンディの肩越しに、ウィルフレッドに支えられたルーシィの身体がちらりと見える。

なんで、倒れた?

あまりにもなタイミング。これではまるで、自分がルーシィを――

「なんてこと言うんだよ!君のせいで…っ!」

強い口調に、びくりと身体が震えた。目を動かすと、ウィルフレッドが涙目でこちらを睨んでいる。
しかし彼はナツの視線を捉まえると、苦しそうに頭を振った。

「ごめん、ナツのせいじゃない。……僕のせいだ」
「…え?」

呻かれたそれは理解するには短過ぎた。ギルド内も煩くて、気が散る。
ナツは背にした壁を出来るだけ派手な音が出るように拳で叩いた。がん、と響いた瞬間、それまで何か言い合っていた仲間達がぴたりと口を閉ざす。
喉から搾り出すようにして、ナツは唸った。

「なんだ?お前、なんかしたのか?」

ウィルフレッドがルーシィの肩を掴む手にぐ、と力を入れた。

「ナツには言えない。口が裂けても」
「んだよ、そらぁ!?」
「おい!」

突進したところをすぐにグレイに羽交い絞めにされた。前に進もうと手足をばたつかせながら、ナツはウィルフレッドに向かって唾を飛ばす。

「ルーシィに何しやがった!?」
「落ち着け、バカ!お前が行ったら…!」
「グレイ、放せ」
「え?あ、ああ」

エルザの冷静な声で解放され、ナツは改めて床を蹴った。その足が異物を踏む。

目映い光に、世界が飲まれた。






悪化。


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