二人きりで、何を話しているのだろう――。

ナツは白々しく考えた。正解に辿りつきたくない思考が、必死で結論から逃避する。何を、から進まない。まるで本の同じページだけ読んでいるようだった。
しかしそれを嘲笑うように、相棒があっさりと抵抗を打ち崩す。本人にはそのつもりがなかっただろうが。

「告白かな」

ナツの喉から蛙が潰れたような音が漏れた。およそ人体から出てはいけない音色に、ナツよりもウェンディがびくりとする。

「今の音、何?」
「さあ?」

出所がわからなかったか、彼女はシャルルと首を傾げている。ハッピーは何も気付かない様子で、ゆらゆらと尻尾を振った。

「ウィルと付き合うのかなぁ、ルーシィ」
「そんなん…」

やっと声が出た。しかし、相棒の罪の無い瞳に口ごもる。

「…ルーシィの勝手だろ」
「でもオイラ、やだな」
「え?」

思いがけない言葉に、ナツは声を裏返した。ハッピーは少しだけ不思議そうな顔をしたが、自身の思いを吐露することを優先したらしい。ぽつり、と呟く。

「一緒に遊んでくれなくなるよ、きっと」

見えない何かがずっしりとナツに圧し掛かった。肺の中の空気が、一分子も残らず外に押し出されて行く。

「そんなことないですよ、ルーシィさんなら」
「あんた達の関係は変わらないでしょ」
「そうかな…でも、部屋には上げてもらえなくなるかも」

ナツは三人に目を向けたまま動きを止めていた。頭の中を、ハッピーの寂しそうな声がぐるぐる回る。
一緒に遊ぶのも部屋に入るのも、ルーシィと居れば当たり前のこと――それを誰かが自分達に取って代わるなど、考えたこともなかった。具体的に示されたことで、今更ながら危機感が募る。

イヤだ。

チームの中でも初めて組んだ三人は、ナツにとって――恐らくハッピーにとっても――特別だった。自然に、重なるように寄り添って――振り返らなくても良い距離で、ずっと生きていく、特別な関係――。想いや願いよりも奥の、意識することもないほどの根底で、無条件にそう信じていたことに気付かされる。
どうして、『付き合えば良い』などと言ってしまったのだろう。

あんなん、ただの勢いで言っただけだ。ルーシィ、忘れてくれてっかな。まさか真に受けて、もう…。

ナツはくしゃりと髪を手で潰した。何か考えたいのに、考え方がわからない。焦る。早く。どうすれば。どうしたい。
ギルドの入り口を睨むと、ちょうどタイミング良く二つの人影が現れる。しかしそれは今考えていた人物達ではなかった。
ナツの姿を認めてこちらに――エルザとグレイが、やってきた。

「もう戻ってきたのか」
「ああ、近いからな。大した調査結果は得られなかったが」

エルザは厳しい表情でギルド内を見回した。先回りして、ハッピーが答える。

「ルーシィなら、ウィルとどっか行ったよ」
「そうか。変わりないな?」
「あい」

ナツは席を立った。歩き出そうとしたところを、グレイに引き止められる。

「どこに行くんだよ?」
「ルーシィ、呼んでくる。用事なんだろ?」
「いや、今は良い。つか、お前は行くんじゃねえよ」

座るよう促されて、ナツは自分の爪先を見た。簡素なサンダルは気付かない間にずいぶん汚れている。
突っ立ったままのナツの足元に、つ、と何かが差し出された。

「ナツ、踏んでみろ」
「は?」

黒い塊に見えるそれは、エルザの鋭い瞳と相俟って悪魔の巣のように思えた。踏んだらきっと恐ろしいことが起きるに違いない。しかし断ったら何をされるかわからない。
ぎし、と固まったナツに、彼女は腕を組みながら鷹揚と告げた。

「ただの気絶の罠だ」
「踏むか!」

グレイが空笑いの顔で溜め息に似た長い呼吸をした。その視線がつい、とギルドの入り口に引っ張られる。

「ルーシィさん」

ウェンディが小さく名を呼ぶ。その声に反応したわけではないだろうが、入ってきたルーシィはこちらを向いた。ナツと目が合うなり、さっと逸らす。

「あ?」

がしゃん、とどこかで何かが地に落ちる音が、聴こえたような気がした。額の奥が急激に絞られたような痛みを訴える。
エルザが彼女に手を振った。少し大きめの声で、話しかける。

「ルーシィ。体調はどうだ?」
「あ、エルザ…う、うん。大丈夫」

ぎくりしゃくり、ルーシィは答えた後も、口をぱくぱくと動かしていた。何か言いたいのに、言えないような――。
ナツはぐ、と拳を握った。






特別だって、信じてたのに。


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