「やはり気絶の罠以外の痕跡はないな」

地面を指先で払うようにして調べながら、エルザが眉を寄せた。

「ナツが発動させ、二人はここで気を失った――」
「ああ」
「そこまでは良い。問題は、なぜ二人が近付くとルーシィに異変が起きるのか、だ」

グレイはそれに頷いてから、立ち上がって腰を伸ばした。

「それなんだけどよ、これが原因なのか?」
「どういうことだ?」
「だいたいナツが踏んで、ルーシィも昏倒するってのがおかしいんだよ。これ、効果範囲そんな広くねえだろ。あいつら、二人三脚でもしてたのか?」
「ふむ」

エルザが顎に手を当てた。

「お前は他に原因がある、と?」
「その可能性もあんじゃねえかってことだ」

考えこむように、エルザが瞼を下ろした。

「確かに、ルーシィが倒れたのはこのせいではないかもしれないな。罠は発動していたのだから、ナツになんらかの作用があって、ルーシィは二次的被害を受けたと考えるのが妥当だろう」
「なんらかの作用…惚れた女を近付けさせない、とかな?」

おどけて言ってみると、エルザの目が丸くなった。普段きりりと引き締められている彼女の無防備な様子にぎくりとする。

「ほう。ナツはルーシィのことをそんな風に思っていたのか」
「さ、さあ。そうなんじゃねえかって思ってただけだ。あー…冗談だよ」
「しかしそれは案外当たっているかも知れないぞ。精神的な魔法がかかっているかどうかは、考慮していなかったからな」
「ああ…そう言えばそうだな」

心や脳に直接刺激を与える魔法は禁忌のものが多い。数が少ないことと情報があまりないことから、無意識にその選択肢を排除していた。
エルザは長い髪を靡かせて、ゆるりとした動作で立ち上がった。

「マスターにももう一度相談してみよう。それと」

くる、と町の方向を指で示す。

「肉屋でこの罠を一つ貰って帰るぞ」
「は?」
「ナツにもう一度罠を仕掛けてみよう」
「んなこと考えてたのかよ?」

とはいえ有用な手がかりのない今ではそれも有りかもしれない。
訝るナツを強引に罠にかけるエルザがやすやすと想像できて、グレイは耳の後ろを掻いた。




「『それじゃあルーシィみたいだろ』だそうです」
「失礼極まりないわね!?」

ルーシィがきぃ、と牙を剥く。隣のウィルフレッドがぷ、と吹き出して、すかさず彼女に睨まれた。
ウェンディは最初こそ「私が言うんですか、それ?」などと躊躇いがちだったが、しばらくするとスムーズに言葉を伝えてくれるようになった。要領を掴んだというよりは抵抗を諦めたという風情だったが、ナツがそれに気付くことはなかった。会話に夢中で、そこまで気遣う余裕がない。
必然的にウィルフレッドを交えることになったそれは、当初の不安など吹き飛ばすほど楽しいものだった。ルーシィと同じく、彼も反応が良く打てば響く。

魔導士ではないため仲間にはならずとも、良い友人になれたかもしれない――。

ふと頭に浮かんだそれに、惜しかったな、と思考を繋げて、ナツはぎくりと肩を揺らした。
良い奴だろうとは思っている。面白そうだとも思っている。嫌いではない。
しかし、ウィルフレッドを受け入れることが出来ない。どうしても。
彼の人間性を知れば知るほど、ナツはそんな自分が嫌になっていった。

「あんたら、これが治ったらどうなるかわかってんでしょうね」
「脅しだ」
「怖ぇな」
「怖いそうです、ルーシィさん」
「表情でわかるわ…」

ウィルフレッドの顔がふと、翳った。真面目な声が場に落ちる。

「ルーシィ」
「ん?」
「ちょっと…良いかな?二人きりで、話したいんだけど」
「う、うん」

ルーシィの顔に緊張が走る。ナツに困ったような視線が向けられた。

行くな。

開いた口を閉めて、ナツはこくん、と頷いた。そのまますい、と目を逸らす。

「……行ってこいよ」
「――と、言ってます」
「うん…」

こつりと床をヒールが叩く。二人分の足音がギルドから出て行って、ナツはようやく顔を上げた。

「ナツさん?」
「……ん」

残されたウェンディが戻ってくる。誰もいなくなったカウンターは、ナツに空々しい寒気をもたらした。






ホロロギウムウェンディ。


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