「ルーシィ」
呟くように呼んだ名前はやはり彼女には聞き取れないようで、視線だけが向けられる。ナツはきゅ、と唇を結んだ。
「……オレは耳が良いんだから、なんか話してくれりゃ良いのに」
それも伝わらず、ルーシィは笑うウィルフレッドの横に座り直した。彼に釣られるようにくす、と笑みを零して、すぐにガジル達を追い払いにかかる。
「もう!変な格好してんじゃないわよ!」
「それは火竜の野郎だからな。こんなのオレの趣味じゃねえ」
「マフラーだけじゃない。アンタ、髪色変えた方が雰囲気明るくなって良いかもよ」
「冗談じゃねえよ、こんなもん!」
「あ、カツラだったの…てかそれなら短いのにしなさいよ!?」
「オイラのお魚あげるヨー」
「まだやるの!?イントネーションおかしいし!」
「あはは、僕、もうお腹痛いよ」
「ナツがルーシィのこと、面白いって言ったのがわかったよ」と、ちらりとこちらを見る。ルーシィは片眉を上げたが、それだけだった。
ガジルがふん、と鼻を鳴らした。
「満足したかよ」
「え?」
「ツッコミ、火竜が居なくて出来ねえんだろ」
「いや、そんなのはどうでも良いんだけど…」
心底疲れたように、ルーシィが肩を落とす。しかしふ、と口元が綻んだ。
「でも…ありがと。気持ちだけ、嬉しいわ」
「オイラ、ハッピーダヨー。シャルルー」
「リリー、もう良いから」
「マインドコントロールしてたからな。鏡見ながら『オレはハッピーだ』っつってよ」
「……リリーってホント、真面目よね」
向こうの会話は全て拾えるのに、こっちの言葉は届かない。はぁ、と吐いた溜め息に、ハッピーがナツを見上げた。
「ルーシィも滅竜魔導士だったらねー」
「星の滅竜魔法か」
「……」
きっとルーシィなら『どういうのよ、それ!?』と即座に言ってくれたことだろう。ハッピーもその声を待ったのか、微妙な顔をして尻尾を下げた。
「通訳しましょうか?」
ウェンディがさらりと告げた提案に、ナツとハッピーは彼女を凝視した。
「え、あの?」
「今、なんて?」
「えと、通訳、しましょうか、って。私がルーシィさんに、ナツさん達の言葉を伝えますよ」
「ウェンディ!」
ナツはテーブルに身を乗り出した。ばん、と勢いで叩いた両手がじんじんと痛みを訴える。
「それだ!」
「は、はい?」
声量を上げる以外に自分の言葉を伝える手段が見付かって、ナツは小躍りしたい気持ちだった。これでいつもと同じとはいかないまでも、近い状況が再現出来る。仲間達の邪魔にもならないし、ウェンディが言い出したのだから、ナツが二人の間に割って入ることにはならない。
なにより、彼女がルーシィと一緒に居れば――ウィルフレッドと二人きりは避けられる。
「よし、ウェンディ、頼むぞ。ルーシィの右隣なんか良いんじゃねえか?」
「え、えと…?」
迷いが見える足取りで、それでもウェンディはカウンターへと向かって行った。シャルルがその後姿を見ながら、ぽつりと口を開く。
「今見た予知、言っても良い?」
「へ?」
「泣いてたわよ。ナツ」
浴びせられた冷水に、ナツは黙り込んだ。ハッピーがちょいちょい、とナツの袖を引く。
「ナツ、止めた方が良いんじゃないかな、邪魔なんて」
「だ…っ、だから邪魔なんかじゃねえって!オレだって泣くことくらいあんだよ、どうせタマネギ切ったんだろ!」
「うーん、ナツがタマネギ切ることの方が泣くより有り得ないような…」
「大丈夫だっての!」
カウンターに到着した幼い背中に自分の代わりを託す。彼女から話を聞いたルーシィとウィルフレッドが、同時にこちらを向いた。
「オレは同じチームなんだから…遠慮するこたぁねーんだ」
ちくり――痛む胸に気付かないフリをして、ナツは小さく頷いた。