「あ…」
冷えた血が急に温まる。
なんだ。嘘なんだろ。
エルザが冗談でそんなことを言うわけはないと、わかってはいる。しかし頭に浮かんだ一縷の望みに、ナツは駆け出した。
「ルー…!?」
どす、と横から何かがぶち当たってくる。回転した視界の中で、血相を変えたグレイが見えた。
「何すんだ!?」
「行かせねえよ!」
すぐに身を起こそうとするも、邪魔をしてきたのはグレイだけではなかった。マックス、フォーレン、ナブ――仲間達が必死の形相でナツに飛びかかってくる。
「うぉ、何なんだよ、お前ら!」
「説明したのかよ、エルザ!?」
「したが…すまん」
何人もに圧し掛かられて、肺から空気が抜けた。なんとか首を持ち上げて、ルーシィの姿を探す。
彼女は恐る恐ると言った体で、こちらに向かってくるところだった。
「ま、待ってよ」
「ルーシィ、ダメだよ」
ハッピーがルーシィの髪をくい、と引っ張った。しかし彼女はそれを軽い仕草で払いのける。
「わかんないわよ。ほら、もう大丈夫かも」
近付く度に、コツコツとヒールと木のぶつかる音がする。しかしテーブル二つ分ほどの距離まで来たとき、急に彼女の顔色が青褪めた。
「ルーシィ…?」
「ん…、大丈、夫…」
額に脂汗が滲んで――。
押し潰されたナツの視線の先で、ルーシィが傾いた。
「おい…!」
伸ばした右手は全く届かなかった。仲間達が彼女に近付かせまいと押さえつけてくる。
彼女を抱きとめたのはエルザだった。
「無理をするな」
「……」
「ルーシィ!ルーシィ!?おい、エルザ!?」
「…気を失った」
だらり、と白い腕が力無く垂れ下がる。エルザはルーシィの身体をナツから遠ざけて、彼からもよく見える位置でゆっくりと床に下ろした。
「わかっただろう…気を付けろ」
「なんだよ、これ…」
きつく閉じられた瞼と刻まれた眉間の皺が痛々しい。急激に渇いた舌が、ナツの言葉を封じた。
ただ呆然と、横たわったルーシィを目に焼き付けることしか、できない。
「ルーシィ…」
ハッピーが彼女の傍らで心配そうに尻尾を揺らした。
エルザが首を振った。
「とにかく――原因がわかるまで、近付くな。お前には変化がないんだな?」
「……」
「ナツ」
「ねえよ…多分」
多すぎる脈拍も吐きそうなほど悪い気分も、異変と言えば異変だろうが、それはルーシィが倒れたことによるものだ。原因になったばかりか、今も何も出来ない自分自身に対するものだ。
「そうか…ナツにも何かあるのかと思ったが……滅竜魔導士の特殊な魔力が作用したか、あるいは…」
エルザの声はナツの頭上を過ぎて行く。
ぎっ、と奥歯を噛み締めると、足音とともにギルドに気配が増えた。
「ルーシィ!?」
その声に、ナツは身体を震わせた。咄嗟に身を起こそうとするも、予想していたかのようなタイミングで、グレイに捻じ伏せられる。
「大丈夫!?」
薄茶の頭が彼女の顔を覗き込む。両腕が気を失った彼女を優しく抱きかかえるのを見て、ナツは吠えた。
「触んな!!」
炎を伴わない咆哮に、グレイが弾かれたように手を離す。しぃん、と広がった静寂に、皆が息を飲んだのがわかった。
しかし一番反応して欲しいウィルフレッドは、困惑した表情でナツを見るだけだった。
「……っ、畜生!」
その腕を払って、ルーシィを奪い返したい。今すぐに。
起き上がることも忘れて、だん、とナツは床を殴った。
「…壊すなよ」
グレイの声がやけに優しくて、握り締めた拳が滲んで見えた。