さよなら三角





カウンターの後ろ姿目掛けて、ナツは大股で近付いた。

「おっす、ルーシィ!」

ぱっ、と勢い良く金髪が跳ねた。あからさまにほっとした表情で、ルーシィが微笑む。

「ナツ!」
「あ、火竜のナツだ」
「あ?」

声はルーシィの隣から投げられた。聞き覚えもないし、見覚えもない。匂いにも覚えがない。全く初対面の人間だ。

「誰だ、お前」

ナツはその男を上から下までじろりと眺めた。清潔感のある薄茶の短髪で、丸っこい目が優しげに見える。薄手のTシャツにカーディガンのやや崩した決めすぎない服装は、ナツから見ても好印象だった。敵意も感じない。しかし。
男は苦笑して軽く手を上げた。

「ごめん、本物に会えて嬉しくなっちゃって」
「ん?」
「週刊ソーサラーを見てね、カッコ良いなって思ってたんだ」
「だから誰なんだよ」

ナツはちらりとルーシィを見た。なんで彼女の隣に座っているのかが気になる。さも当然のような顔をして。
男はナツの態度にも臆した様子はなく、警戒心など微塵も無い笑顔を浮かべてみせた。

「僕はウィルフレッド。ウィルと呼んで。実は、」
「な、ナツ!」

ルーシィががたん、と立ち上がった。注目を集めてから、「あ…」と戸惑ったような声を出す。

「えと…エルザがね、仕事選んでおけって!そろそろ…」
「なんか隠してんのかよ?」
「……」

ルーシィは嘘が吐けるような人間ではない――少なくとも、ナツの知る限りは。簡単に焦った表情を見せた彼女に、ナツは目を据わらせた。

「おい」
「あの、ちょっと待って」
「ああ?」

挟まれた言葉に、ナツの声が腹の底に落ちた。ルーシィが自分に隠し事をする原因が、この男であることは疑いようもない。
睨むナツに困ったように両手を上げて、ウィルフレッドが言った。

「照れちゃったんだよ。僕が、ルーシィに一目惚れしたなんて言ったから」
「うっ…」

ルーシィが呻いて俯いた。ナツは目を丸くして、二、三度瞬きをしてみる。

「ヒトメボレ?」
「そうなんだ」

ウィルフレッドの瞳はよく映る漆黒だった。ナツは顔を上げないルーシィと彼を見比べるように、目を滑らせる。彼はほんのりと赤く、幸せそうな顔で柔らかく笑っていた。

「ふうん」

それ以上言うべきことが見付けられずに、ナツは目を逸らした。取るべき行動も見失って立ち尽くすと、後ろからトテトテと小さな足音が近付いてくる。

「ナツ、速いよー」
「ハッピー」

来る途中、修行だと言いながら二人で競歩の真似事をしていたことを思い出す。言い出しっぺのナツは、早くギルドに着きたかっただけなのだが。
その理由も――忘れてしまった。
青い猫はウィルフレッドを見上げて首を傾げた。

「誰?ルーシィの彼氏?」
「んなっ」
「あはは、そうなれたら嬉しいけど、まだ立候補中」
「え?ホントに?」
「ヒトメボレしたんだってよ」

ルーシィと一瞬だけ目が合った。自分から視線を逸らした気もするが、ナツは彼女が先に顔を背けたように感じた。むっとして、声が大きくなる。

「良かったな、ルーシィ!お前、全然こういう話なかったもんな!」

ばっ、とルーシィが顔を上げた。ナツはそれを見ないようにして、言葉を繋げる。

「でも、あー、ウィルだっけ?ヒトメボレって外見で、って奴だろ?大丈夫か?」
「人を見る目はあるつもりだけど……これからお話させてもらいに、ちょくちょく来るつもりなんだ。正式な申し込みは、僕のことも知ってもらってからにするよ」
「そっ…か」
「オイラ、ハッピー!よろしくね!」

小さな青い手が無警戒に伸ばされる。ウィルフレッドとハッピーが握手する横で、ナツはそろそろと息をした。この場にいる理由がない。
ふと見回した先にリクエストボードがあった。ルーシィの言葉を思い出して、つい、いつものように彼女の腕を引っ張る。

「仕事、見てこようぜ」
「あ、うん!」

嬉しそうに、金髪が揺れる。しかし一歩も踏み出さないうちに、ハッピーが意地悪そうに笑った。

「あ、ナツ、邪魔するんだ?」
「は?」

意味がわからなくて、ナツはきょとんとした。ウィルフレッドのこちらを探るような視線にぶつかる。

「え、二人って…」

ナツはひゅ、と喉を鳴らした。

「ち、違ぇよ!仕事選びに行くだけだろ!?ルーシィが誰とどうなろうが、興味ねえし!」

叫ぶように言った途端、ルーシィがぱしん、とナツの手を振り払った。

「ナツが選ぶ番なんだから、行っといでよ」
「な……なんだよ」

彼女はウィルフレッドを促してカウンター席に戻ると、彼に笑顔を向けた。ナツにも見えるような角度で。

「で、なんだっけ。話の途中だったわよね」

むかむかして、ナツは二人に背を向けた。来たときと同じ――いや、それ以上の大股で、だかだかと床を踏みつける。

出来るだけ早く暴れたい――。

依頼状に目を走らせるも討伐系の仕事が見当たらず、ナツは抑えきれない炎を握り潰した。






なんだよ、ほっとした顔した癖に!


次へ 戻る
main
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -