ルーシィは腹に力を入れた。何でもないように、と注意して振る舞う。
「いつまで触ってんのよ」
「ん?」
「…放しなさいよ」
硬い声音にも、ナツは動じた様子はなかった。大きく息を吸い込んだかと思うと、それをまた長く吐き出す。
「ルーシィ、お前さ」
「なに?」
「…女だよな」
「は……い?」
ナツがルーシィの手を無造作に持ち上げた。確かめるように、何度か握られる。
――熱い。
声が上ずった。
「え、何言って…」
「小せえ…っつか」
ナツは呟くように零すと、ルーシィの手を引っ張った。目の高さまで上げて、まじまじと観察する。
「柔らけえな…オレと全然違う」
「っ…」
ルーシィはほとんど無意識に手を引いた。自分のものじゃなくなったかと思うほど熱いそれを、庇うように胸に抱く。
あのまま触れていたら、何かに侵食されそうな気がした。ルーシィの知らない、空恐ろしい、何かに。
「あ…」
ナツがルーシィの手を追って、名残惜しそうに空を掻いた。眉を下げるその表情が見ていられなくて、目を逸らす。
その代わり、彼女の耳はナツの声を鮮明に捉えた。
「ルーシィ」
「な、なに?」
「…二人きりだな」
「……」
何これ。
身体の中に心臓はひとつだけのはずではなかったか。それとも自分は心臓で出来ていたのか――ぼやけた思考が明後日の方向へ暴走する。
正直なところ、ルーシィはナツに意識して欲しいと思っている。認めたくはなくとも時折怒涛のように感じてしまう想いを、彼にも持って欲しいと思う。しかしそれは、こんな一足飛びのものではなかった。淡く、甘い、ふわふわした砂糖菓子のような感情のはずだった。
異常を訴える胸が苦しくなると同時に、ルーシィは初めて見るナツに怯えた。ナツを本当の意味で『男』だと思っていなかったのだ。
「何、考えてんの…?」
点滅する危機信号を否定して欲しくて、ルーシィはナツにすがるように訊いた。しかし彼はあっさりと彼女の希望を打ち砕く。
「お前だって同じじゃねぇの?」
ナツは居心地悪そうに身体を揺すった。
「ハッピー戻って来ねえし。もしマジで一晩とかなったら…オレとお前しかいねえんだぞ?」
「その意味、わかってんだろ」とナツは囁くように言葉を落とした。促すような声音に顔を上げると、やけに熱を帯びた瞳にぶつかる。
怖い。やだ。
「ルーシィ」
「やっ…!」
肩に置かれた手を、ルーシィは思わず振り払った。驚き以上の反応を返したせいで、身体が柵に向かって傾く。
「危ねえ!」
ぱしん、と手が掴まれた一瞬後には、もうナツの腕の中に居た。