後頭部が、大きな手に包まれる。
「気を付けろよ。オレは丈夫だけど、お前は…女なんだから」
いつもよりも低い声が、耳元で鼓膜を震わせる。びく、と身を竦ませたのが伝わったか、ナツがルーシィの名を呼んだ。
「どうした?びっくりしたのか?」
心配そうに言って、背中を撫でてくれる。きゅ、と抱き締められるような形になって、ルーシィは息を止めた。慌てて抜け出そうともがくと、頬に当たる白銀のマフラーに気付く。
あ――。
ふ、と肩から力が抜けた。
「ナツ…?」
「ん」
短いその声を聞きながら、ルーシィは自分が落ち着いていくのがわかった。
怖くない。大丈夫。
だって。
――ナツだもの。
そっと目を閉じると、自分のものではない心音がルーシィを叩いた。とくりとくり、とやや速く、強く――。
首筋に擦り寄ってきた彼に、恐怖でも嫌悪感でもなく、ぴくりと身体が震える。熱い吐息が遠慮がちにそこに触れた。
「ルーシィ、その……オレ」
「うん……」
ナツはルーシィの肩を優しく押した。額を合わせるように、視線を絡ませてくる。
「いいか?」
「ナツ…」
頷いてしまって良いのか、ルーシィは悩んだ。委ねることに、きっと後悔はしない。けれど。
ナツが彼女の決断を後押しするように口を開いた。
「痛くしねえ。…たぶん」
「い、痛くって、え、えと」
「一口だけ、齧るだけ、だから、な?」
「……ん?」
比喩にしては微妙過ぎる。嫌な予感に、急速に熱が引いていくのがわかった。
ぐぅ、とナツの腹が鳴った。
「肉の歯触りだけで我慢する。我慢すっから」
「な?」と彼は食い下がるように言った。ほぼ同意を得られたと思ったのか、はにかむ。
ルーシィはにこりと微笑んだ――目、以外。
「齧りたいの?」
「うん」
「お腹が空いたから?」
「うん」
こくん、と縦に振られたその頭を、ルーシィは鷲掴みにした。渾身の力で、柵に向かって放り投げる。
「うお!?ぎゃぁあ!」
ばりばりと音を立てるナツを、ルーシィは無表情で眺めた。ぶつけるべき感情を体内でふつふつと煮立たせていると、やがて彼がパタリと床に落ちる。
「ひもじい…」
ボロ雑巾のようになったナツが虚空を見つめた。
ルーシィは彼からマフラーを取り上げた。弾みでゴロゴロと転がっていくのは無視をする。
「オレ、明日になったら冷たくなってっか、もが!?」
ルーシィはナツが動けない内に、その口を覆うようにマフラーを巻き付けた。ついでに両手も、星の大河で縛ってやる。
「もご!んぐぐ!むぅー!?」
「うっさい!」
涙目で睨むルーシィに、ナツの腹の虫が返事をした。