「え…」
夕暮れの中、依頼主は呆然と男の顔を見上げた。
「好きなんだ、君のことが」
真っ赤な顔で、懸命にそれは紡がれた。全く関係のないはずのナツの耳にも、熱を持って聴こえる。
頑張れ。
ぐ、と知らず拳に力が入った。ナツの祈るような視線の向こうで、女性が唇を震わせる。
「わ、私も…あなたのこと、好きだったの」
「え!?ほ、ホントに!?」
「おおお、やったな!」
「そんなことってあるんだ…」
ハッピーが呻く。ルーシィは目を丸くして口を押さえていた。
これならば、全てが丸く収まる。家に侵入することも許可された――ナツは自分が許されたように感じて、飛び上がって喜んだ。共に分かち合おうと、男の背に走り寄る。
しかしその足が三歩も行かないうちに、女性は声を硬くして男を睨みつけた。
「でも、もう好きじゃない」
「へ」
「当たり前でしょう。なにそれ、ストーカーって」
絶対零度の瞳が、男を凍らせた。それを打ち砕くように、女性は吐き捨てる。
「気持ち悪い」
「……」
「もう二度と、私の前に現れないで。これ以上何かするようだったら、考えがあります」
「……」
女性は汚い物でも見るかのように男を一瞥すると、くるりと踵を返した。
言葉を失ったナツの横で、ルーシィが申し訳なさそうに声を投げる。
「あ、あの」
「依頼料はソイツから貰ってください」
「え。あ、はい…」
ナツにはルーシィが言いたかったことは別のように思えた。金欠な彼女だが、ここまで傷付いた人間を前にしてそんなことを言い出すほど薄情ではない。
有無を言わさず去って行った依頼主の背中を見送って、ハッピーがぽつりと呟いた。
「…まあ、そんなもんだよね…」
灰になった男が、真っ白く見えた。
男は涙も出ない、といった風情で、大人しく依頼料を支払った。あまりの憔悴っぷりに断ったのだが、迷惑料だ、と頑なに押し付けてきた。それはもしかしたらケジメの一環だったのかもしれない。受け取ったナツは、男の姿が見えなくなってから三分の一をルーシィに渡して、眉を下げた。
「好きだったって言ったのに」
「ストーカーだとは思ってなかったってことでしょ」
ルーシィは表情に男への同情を滲ませていたが、口調はきっぱりとしたものだった。やはり女性の味方なのだろう。
100%男寄りのナツはうぅ、と唸った。
「そんなんチャラになるほど、家に入られるのって嫌なのか?」
「反省した?」
ルーシィが悪戯っぽく笑った。その笑顔がなぜか懐かしく感じて、ナツはほっと息を吐いた。男の悲しみが移った心が、軽くなったように感じる。
それでも別に、この切なさの解決にはならない。ナツは男が去って行った方向とルーシィを見比べた。
「お前、オレのこと、嫌いか?」
「え?」
ルーシィは目を丸くした。
「だってよ…好きだったのが嫌いになんだろ?オレ…」
声が沈む。それ以上に気持ちを沈ませて、ナツは唇を噛んだ。これまで数えきえないほどに侵入を繰り返した。彼女が怒っても。喚いても。…嫌がっても。
言葉の詰まったナツに、ルーシィは呆れたように首を振った。
「あんた、感情移入しすぎじゃない?」
「う」
「…嫌いなんかじゃないよ。てかあんた、ストーカーじゃないし」
「……そか。そだな」
ストーカーじゃない。それは当たり前のことだったが、ナツは目を瞬かせた。
無断で家に入るところは共通しているが、ナツと男は実際大きく違っていた。ナツは正体も明かしているし、ルーシィが不在のときは帰ってくるまで待っている。
しかし。
なんか、すんげえ似てるって思ったんだよな。なんでだっけ――。