「…………なんでかしら」
氷にがんじがらめにされたまま、私は首を傾げた。
「ルーシィの身体に、記憶と人格――違うとこなんて、ないはずよ?」
元々人間ではない『私』には人格なんてない。ルーシィと入れ替わったら、ルーシィになるだけ。
なのに、どうして、あの子じゃないとわかってしまったの?
青い猫がさらに顔を青くして、私を見上げた。それはまだ半信半疑のようにも見えるけど、彼は相棒を疑わない。
「誰なの?ルーシィはどこ?」
「絵の中の一人に、封じ込めたわ」
あの子は命ある人間だから、絵である私とそっくりそのまま入れ替わることが出来なかった。無理やり、精神を閉じ込めて――私が絵師から込められた魔力は、それでほとんど消え去った。私の力では、もう解除すらできない。
ねえ、ナツ?
私は、あなたと過ごしたかっただけなの。
ルーシィとしてでも良いから、あなたのそばに居たかったのよ。
「外見や性格が同じだったら良いわけじゃねえ。ルーシィの代わりなんて、誰もなれねえよ」
ナツは眼光を強めて、私を睨んだ。
あの子しか映らない、その瞳で。
「何が目的だか知らねえがな!ルーシィを元に戻せ!」
「……ナツ」
「っ、その顔で泣くなよ!調子狂うだろ!」
「好きなの」
「だから何っ……へ?」
「ナツが、好きなの。一緒に居たかったの」
一拍だけきょとん、として。
ナツの表情が、みるみるうちに変わっていく。
私は声にできるかぎり自分を乗せた。ルーシィじゃなくて、私を。
「ねえ……私じゃ、ダメ?」
真っ赤になったナツは、縋るように絵に抱きついた。
「だっ、えっ、いあっ、そのっ!る、ルーシィ、じゃねえんだよな?そのっ…、お前、の、気持ち、なんだよな?」
慌てながらも、ナツの目はどこか期待しているみたい。なんて、残酷なんだろう。
上半身をフルに使って妙な踊りを披露しているナツに、ハッピー達が口を開いた。
「最近ルーシィ、素直になったと思ったら……違う人だったんだ」
「ナツ、真剣に答えてやれ。ルーシィを戻すのはそれからでも良いだろう」
「つか、ルーシィの奴、とばっちりじゃねえか」
そう、とばっちり。ごめんね、ルーシィ。でも、私の自我は、ナツへの想いだけだから。それを成就するためだけに、私は居るから。
だから、成就できなきゃ、存在する意味はない。
「だ、だから!泣くなって!卑怯だろ!?」
これ以上ないくらい、眉を下げて。なんだか笑ってしまいそう。そんなあなたが、愛しいの。
「好きよ、ナツ」
「や、あの、えっと!…悪ぃけど……」
「そうよね。わかってた」
「へ?」
わかってた、の。ナツが展覧会に足を向けたときから。
私には目もくれなかった、あのときから。
抱き締めてって言ってみようか。そうしなきゃ戻せないって言ったら、きっと抱き締めてくれる。
でも、心は手に入らない。だったら、意味がない。
この戯れは、もう終わり――ナツは、私のものにならない。
目を瞑って、暗闇を見つめる。結果が出てても、諦める、なんてできない。諦めた後には『私』は残らない。だから。
だから、ナツ。お願い。
「私を燃やせば、元に戻るわ」
せめて最期は、あなたの炎で。
「……」
ナツはじっと私を見て、絵に視線を落とした。
「お前、この絵なのか?」
「そうよ。覚えてる?」
「?」
そうね、ナツにとってはきっと、なんでもないことだった。私が好きになったのは、私の勝手。
私は苦笑して、自由にならない肩を軽く竦めてみせた。
「大丈夫、嘘じゃないわ。信用できないかもしれないけど」
「…疑ってねえよ。お前、人格はルーシィなんだろ?」
ナツは困ったような顔をした。
「燃やすって、お前は」
「それ以外に手はないわよ。ルーシィを戻したいなら」
ぎゅ、とナツの腕に力がこもった。躊躇ってくれるの?多分、ルーシィもそうね。今は私の身体のはずなのに、凄く心が痛い。
でも、他の方法はない。あっても、選んで欲しくない。
「私が可哀想だと思うなら、ナツが燃やして」
「なんで」
「バカね、言わせないで……好きだからよ」
「へ」
「ナツが好きだから、ナツに送って欲しいの」
虚を突かれたように目を丸くして、ナツはハッピー達を振り返った。ゆっくりと頷いた彼らを順に見やってから、真っ直ぐに、私をその瞳で射抜く。
「悪ぃ……けど、わかった」
ぼっ、と右手に炎が点るのを見届けて、私はそっと瞼を下ろした。