太陽に煌めく運河と、映りこんだ青空。
橋の欄干に腰掛けて、ルーシィが言った。
「ナツに会うのは初めてじゃないんだって」
「あの子があたしになってる間の記憶がね、共有できたんだけど」と前置いて、彼女は遠くを見つめた。
「三年前、まだ、絵に女性が閉じ込められる前。ナツが壁から落ちたあの子を受け止めてくれたんだって」
「……覚えてねえな」
「それでも嬉しかったのよ」
風がルーシィの髪を連れて行く。それを手で押さえながら、彼女はバランスを取るように足をずらした。
「皆が幸せになるって、難しいよね」
元に戻ったルーシィは、ナツ達に何を言うでもなく、灰になった絵に涙を流した。それをやった張本人であるナツは、居た堪れなかったのだが。
それでも、あれで良かったのだと思う。自分にはそれしか出来なかった。そして、それを――それだけを、望まれていた。
寂しそうな表情のルーシィに、ナツは眉を顰めた。
「お前、ずっと絵でいても良かった、とか言うんじゃねえだろうな」
「言わないよ。でも、あたし、あの子の気持ちもわかるんだ」
「気持ち?」
「好きな人と、一緒に居たいって気持ち」
それならばナツにもわかる。ルーシィだと気付かなかった間、どうしても気になって見たくって。毎日出来る限りの時間、彼女のそばに居た。
自分じゃどうしようもないくらい、好きで。相手が絵であることが――通常じゃ考えられない行動をしていることが、ナツに自分がしているのが恋であると理解させてくれた。
きっと、ルーシィがルーシィの形をしていたら、ずっと気付かないままだっただろう、と思う。
彼女は運河を見つめたまま呟いた。
「どんな形でも、そばに、ね…」
かぁ、と頬が熱を持った。展覧会に足を運んだ数日間が思い出される。目に焼き付くまでに見つめた、横顔の彼女――。
見上げる位置にあるルーシィの頭は、絵とは似ても似つかない色をしていた。
「やっぱルーシィは金髪だよな」
「はい?」
「んにゃ、なんでもねえ」
すぅ、と頭上を白い鳥が太陽と逆に向かって飛んでいく。ルーシィはそれを目で追いながら、ねえ、と切り出した。
「なんで、絵があたしだって、わかったの?」
「……なんとなく?」
「……」
「な、なんとなくっつっても、えーと、その…わかってはいたんだよ、多分最初から。でも気付いたのがさっきだったってだけで、だから、オレはずっとルーシィだと思っててっ!それで、そのっ」
ナツはすぅ、と息を吸った。横顔で視線だけ向けてくるルーシィに、あの絵が被る。
「ちゃんと、こっち、向けよ」
「う、うん」
「…はは、やっと向いた」
「え?何、それ?」
「絵の中じゃあ、全然こっち向いてくんなかっただろ」
「絵の中、かあ。あたし、その間の記憶、無いんだよね」
「無えの!?」
毎日、会いに行ったのに。
なんだか凄く無駄に思えて、ナツはがくりと肩を落とした。あの行動で、ルーシィに自分の気持ちが伝わっていると思ったからこそ、仲間達には先に帰ってもらったというのに。
「オレ、なんかバカみてぇじゃねーか」
「みたい?」
「おい」
くす、とルーシィが笑う。それだけで、何もかもがどうでも良くなる。
知らない間に胸に空いていた穴が、ルーシィで埋まっていく。改めて想いを伝えようという気も、削がれてしまったのだが。
「まあいいか」
ナツは彼女の笑顔に乗せるように口角を上げた。金髪が太陽を集めて、運河よりも何よりも眩しく光る。
ルーシィは空を仰いで、吐息に乗せるように呟いた。
「ごめんね。あたしも、譲れないの」
「ん?」
「んーん……背中、押された気がしたの」
「え、オレ押してねえぞ?」
「わかってるわよ。あーあ、先が長そうだわ」
「何が?」
「なんでもない。…覚悟してね」
「え、押すのか?オレを」
「押さないわよ!」
ぴょん、と欄干から着地して、彼女はにこり、と笑った。
「さ、帰ろっか。ハッピー達、もうギルドに着いたかな」
「あー…」
帰ったら散々からかわれるだろうが、仕方ない。いつもの笑顔に戻ったルーシィに、失ったタイミングは見つけられそうになかった。
でもせめて――これくらい、は。
ナツはごしごしと上着で手を拭いて。
ぎこちなく、ルーシィの手にそれを絡めた。