「ナツ」
「ん?」
「それ、いつまで抱き締めてんのよ」
「……別に、良いだろ」
「っ、いい加減にっ…!」
痺れを切らしたように、ルーシィがナツの手から絵を掻っ攫った。
「何すんだ!」
ナツは叫ぶと、その勢いのまま身体に炎を纏った。戯れの延長ではない、本気の業火を。
「返せよ!」
「おい、ナツ!」
「返せ!」
グレイの制止を振り切るように肩を揺らして、ナツが――ルーシィを、睨む。
ハッピーは息を止めた。
こんな光景、見たくなかった。いや、考えたことすらなかった。
夢なら覚めてよ……!
足は根が生えたように動かない。視界が滲んで、ぐにゃりと歪んだ。
ルーシィはびくり、と身体を竦ませたが、ぐ、と足に力を込めた。全身を可哀想なほど震わせながら、それでもナツに向かって叫ぶ。
「これは絵なのよ、しっかりしてよ!」
涙の溜まった瞳を受けて、ナツが吠えた。
――力いっぱい、轟くほどに。
「ルーシィは絵なんかじゃねえ!!」
「……え?」
疑問の音は自分の口からか、その場にいた全員からか――。
ハッピーは真っ白になった頭で、彼とルーシィを見比べた。
「ナツ、何言って」
ナツはぷしゅ、と鎮火して、自分の発言に驚いたように二、三度瞬きした。口の中で確認するように繰り返す。
「ルーシィ…そうだ、ルーシィだ」
「は?」
「それはルーシィだ。お前は……誰だ」
「何言ってんの」
ルーシィの顔色が無くなる。唇をわななかせて、よろめくように後退った。
「もう…何なのよ、本当に!おかしくなっちゃったの!?ナツ!」
絵に恋慕を抱くなどと、すでに正気の沙汰ではない。だからハッピーも、彼女の言い分は正しいと思えた。
しかし。
何故か、頷けはしなかった。
青褪めたルーシィが、逃げ道を探るようにエルザに顔を向けた。
「エルザ、なんとか言ってやってよ!」
口調も仕草も、それはどこからどう見ても、ルーシィだった。ルーシィ、なのだ、が。
ハッピーはナツを窺った。彼は真っ直ぐ彼女を見据えて、やや腰を落としている。飛び掛ろうとでもしているかのようだった。
エルザも困惑した様子で眉根を寄せている。行動を起こしたのは彼女でもナツでもなく、グレイだった。
「すまねえな、ルーシィ」
じゃじゃっ、と目にも止まらぬ速度で、彼女の身体に氷の鎖が何本も絡み付いた。弾かれて転がった絵画に、ナツが飛びつく。
「バカグレイ!乱暴にすんなっ!」
「グレイ…なんで?私のこと、信じてくれないの?」
「悪いが、ルーシィに関してはナツの勘を信じる」
ほろり、とルーシィの頬に涙が伝った。グレイはぎょっとして、大切そうに絵を抱えたナツを睨みつける。
「おい、ナツ!マジなんだろうな!?」
「間違いねえよ!」
きっぱりとしたナツの瞳に、エルザがこくりと頷いた。
「観念しろ。もう騙すことは出来ない」