もしかしたら、自分はルーシィを連れてこの場を去るべきかもしれない。

このまま居ると、彼女の心がきっとズタズタになる――痛々しい近未来を感じ取って、ハッピーは息を止めた。冷たい汗が背中を伝う。

とくり。とくん。とくん、とく、とくとくとく――。

心臓が鳴らし始めた警報を受け、ハッピーは渇いた舌を動かした。

「ルーシィ、帰ってようか」
「なんで?」
「えと、オイラ、ご飯途中だったから。お腹空いちゃった」
「後にしなさいよ」
「でも」

手が震えてくる。爪の先でブーツを引っかいてみるが、彼女は目もくれなかった。

「オイラ、やだよ」
「何が?」
「やだよ」

このままナツが戻ってこなければ――ここ最近願っていたことと真逆の要望に、相棒はまた応えてはくれなかった。
煤一つ付けない余裕の体で、桜髪の魔導士が入り口から顔を見せる。

――腕に、一枚の絵を抱えて。

「ナツ、火は?」
「食った。焼けてんのは通路ばっかだな。絵も無事だ」
「そうか、良くやった」

評議院の隊員達がナツと入れ替わりに中へ走っていく。それを不思議そうな顔で見やった後、彼はふう、と息を吐き出した。その腕で、少しだけ額の煤けた絵を抱き締める。

ああ、やっぱり。

「ナツ……」

ルーシィの声が揺れて聞こえた。こう見えて聡い彼女のこと、ハッピーが考えるようなことはすでに思考のうちだろう。
ルーシィはきっと、気付いている。ナツの恋心に。向けられた絵画に。

見ちゃダメだ、ルーシィ。

思ったが、ハッピーには何もできなかった。結局のところ、自分は部外者でしかない。どんなに切望したところで、なるようにしかならない――。
グレイがナツの絵を見て、目を細めた。

「持ってきたのか」
「ん、危ねえだろ」
「火は消えたんだろ?」
「そうだけど。でもよ」

口ごもって、目を逸らす。手放したくない、というのがありありとわかるその仕草に、エルザが首を振った。

「ナツ、放せ」
「なんで。やだよ」
「それはただの絵じゃない」
「へ?」
「こっちに渡せ」

強い語調に、不安そうな目をしながらも、ナツはしぶしぶエルザに絵を預けた。手がいつまでもそれを追って、空中を彷徨う。
ルーシィが自分を抱くように腕を回した。

「さあ、魔法を解くんだ」
「……」

画商は項垂れて、地面に向かって何事か小さく呟いた。怨嗟のようにも聴こえたそれは紛れもなく解除の言葉だったらしい。
エルザが持つ絵の表面が、波打つように歪んだ。

「……ぅ」

ぽん、ともぼん、ともつかない音と共に、女性が弾き出された。ナツが目を丸くする。

「な、なんだ、これ……?」
「大丈夫か?」
「え…ええ。ここは…?」

女性は頭を押さえながら、エルザの手を借りて立ち上がった。しゃらりと音を立てたドレスにも負けない、美しい、女性だった。
会場内に強いざわめきが生まれる。どうやら中でも被害者達が元に戻ったようだった。

「さあ、こちらへ」

隊員の一人が女性を誘導していく。呆然とそれを眺めていたナツに、グレイがやや目を伏せた。

「何か言うこと、あんじゃねえの?」
「へ?あー……もう、良いか?」
「あ?」

ナツは返事を待たず、女性の居なくなった絵を取り上げた。表面に目を走らせて、ぎゅ、と抱き込む。
グレイ達が息を飲むのがわかったが、ハッピーは目を瞑った。
魔法から解放されたのは、真ん中に描かれていた金髪の女性。ナツが執着していた栗毛の女性ではなかった。
彼が恋していたのは、紛れもなく平面の――絵だったのだ。

報われない。ナツも、ルーシィも。

グレイが恐る恐るといった口調で、女性の背中を指差した。

「おい、ナツ?絵なのか?あっちの、お嬢さんは良いのか?」
「あ?何がだよ?オレは最初っから、こいつにしか興味ねえよ」

ひゅ、と風を切るような音が聞こえる。
ルーシィの、喉だった。






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