「他の絵は見ないの?」
「おう」
「そう…」

ハッピーはナツを見上げて、曖昧に相槌を打った。

五日目。
迷いも無くまっすぐに絵の前まで到達し――ナツはその中の女性を見つめている。
ハッピーは相変わらず盛況な会場内をぐるり、と見回した。ぐ、と拳を握る。
ルーシィの不安をそれとなく伝えて、ナツに、絵を見るのは諦めてもらいたい。いくら気に入っていようと絵は絵。生きている人間が優先されるべきだ。

「あのさ、ナツ」
「んー?」
「聞いてる?」
「んー」
「…ルーシィのことだけどさ」
「おう」

やっと、視線が向く。それにほっとした。
やっぱりナツは、ルーシィを忘れていない。

「寂しがってるよ、ルーシィ。ナツがイタズラしないから」
「そうか?ハッピーがすればいいじゃねえか」
「ルーシィはナツが良いんだよ」
「ふうん?じゃあ今度な」

ナツはまた、視線を絵に戻した。むっとして、足をとん、と踏み鳴らしてみるが、彼は顔色一つ変えない。
聴こえていないはずはない。そうだとすれば、よほど集中して絵を見ていることになる。
そこまでの理由が、この絵にあるとは思えなかった。
ハッピーがまたルーシィの名を出そうとしたとき、穏やかな声が二人の肩にかかった。

「こんにちは」

近付いてきたのは、身なりの良い中年男性だった。名札から、ルーシィの言っていた画商だとわかる。

「それがそんなに気になりますか?」
「あ…んん、なんとなく、な」
「なんとなく?ここ数日、ずっと見ていますよね?」

ナツがギクリと肩を揺らした。

「ああ、責めているわけじゃないですよ。こちらとしては大歓迎です」

男性はにこりと笑って、絵の下部に貼られた説明文を指差した。

「こちらにもありますが、この絵は、」
「なあ」
「はい?」

ナツは目を泳がせた後、思い切ったように口を開いた。

「この絵の、モデル、なんだけどよ」
「モデル、ですか?…昔の絵ですし、まだ生きてるとは思えませんが…」
「そう、か」
「…モデルの女性が気になるんですか?」
「ん?んー…こいつ」

ナツは真ん中に描かれた女性ではなく、後ろの栗毛の女性を指差した。振り返る途中のように、横を向いている。
ゆっくりと指を下ろすと、ナツはそっと、吐息に乗せるように呟いた。

「こっち、向かねえかなって」

ハッピーはナツの横顔を見て息を飲んだ。普段見せない、大人びた表情。その瞳には、見ているこっちが苦しくなるほどの――。

ルーシィには言えそうにない。

ハッピーはそこに彼の確かな愛情を感じて、そっと目を逸らした。
画商は小さく首を傾げて、「ごゆっくり」と告げた。絵を見ている人達に笑顔を振り撒きながら、奥へと戻っていく。
ナツは動かない。サンダルを履いた足先を見つめて、ハッピーは口を開いた。

「絵だよ」
「そうだよな」
「動かないよ」
「わかってるよ」
「匂いもないし、面白くないよ」
「わかってる……わかってんだ」
「…ルーシィの家、行かない?そろそろ、新しいお菓子が用意されてるかも」
「んん…いい」

ここ数日、マスターは評議院に呼ばれてギルドに居ない。

帰ってきたら、すぐに見てもらおう。本当に、何か魔法がかかってるのかも。

ルーシィのために、そうであって欲しいと願いながら。
ハッピーはナツを置いて、会場を後にした。






どうしようもない。


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