「またアイツ、見に行ってんのか?」

呆れたようにグレイが頬杖を突いた。ハッピーはそれにこくん、と頷いて肩を竦めてやる。

ナツが展覧会に足を運び続けて、もう四日目になる。

最強チームで行った翌日から、ナツはずっとあの会場に入り浸っていた。目当てはルーシィと見たあの絵――最初の一日はハッピーも付き合ったものの、彼はぼんやりとそれを見つめているだけで、会話らしい会話もしてくれなかった。
ギルドの仲間達が何人か、興味と様子を見るために問題の絵とナツを見に行ったが、彼は誰に対しても薄い反応しか返さないらしい。今では二次元萌えだ、と囁かれている。
ルーシィが眉を下げた。

「ナツ、そんなにあの絵が気に入ったのかな」
「みたいだね。オイラちょっと意外だったけど、まあ納得かな」
「え?」
「あの絵、ルーシィみたいだって思ったんじゃない?ルーシィ、ああいうドレス着てたんでしょ?」
「…私みたいだから、て、何よ」

ハッピーはにやりと笑った。

「わかってるくせに」

ナツとルーシィは、お互いを特別な意味で大切に思っている。ハッピーからすれば明らかだったが、ルーシィは相手の気持ちに自信がないのか一歩踏み出さず、ナツに至っては自分の想いに名前を付けることすらしていない。それでいてそばに居るのが当然で、恋人同士だと言われても違和感がないのに――もどかしいくらいに、二人、前に進まない。
だから今回のことも、ハッピーは深く考えていなかった。ナツがルーシィと無関係な物に執着するなど、考えにくい。ましてや相手が絵画などと。
ルーシィは答えず、ギルドの入り口を見やった。そこに現れるはずの人影を待つように目を細めて、

「私、ここに居るのに」

ぽつり、呟く。
その沈んだ声音に、ハッピーは一瞬だけ眉を寄せた。

「すぐに飽きるよ、ナツだし」
「そうね…」

ハッピーはナツが好きだが、同じくらいルーシィも好きだ。彼女にこんな顔をさせているのが、とても腹立たしい。
相棒は鈍すぎる。ルーシィはナツを待っているのに。

戻ってきてよ、ナツ。

ハッピーは彼女の不安を取り去りたくて無理やり明るく笑った。しかし口元だけの微笑みが返ってくる。
グレイが小さな氷を造ってジョッキの中に落とした。

「でもよ、ナツに絵って似合わねえよな」
「何が言いたいの?」

ルーシィがやや険のある視線を向けた。絵じゃなかったら何なのよ、とでも言うように。
「いや、誰かを目当てに、てわけじゃねえだろうけど」グレイは小さく手を振って、首を捻った。

「なんつーか…魔法にでもかかったみてえだな、と思ってよ」
「え?」
「まあ、オレらは平気だし。アイツだけってのは変か」

ハッピーは今朝のナツを思い浮かべてみた。目の光、口調――いそいそと展覧会に行った以外には、不審な点はなかったはず。
ルーシィも同じ結論だったのか、ふう、と溜め息を吐いた。

「魔法ならその方が良いわ」
「そんな顔すんなって。どうせあの展覧会、あと一週間もすれば終わるんだろ?その前に買い手つくかもしれねえし。そうなったら諦めんだろうよ」
「さっさと売れちゃえば良いのに」

ナツに構われなくなったせいか、ルーシィは恋心を隠そうともせず、素直に曝け出している。
ハッピーはグレイと目配せした。ルーシィを応援したいのは彼も同じようで、苦りきった顔で頭を掻く。

今なら進展できそうなのに。

ハッピーはギルドの入り口を眺めて、もう一度、相棒に戻ってくるように願う。

「――…」

しかし現れたのは同じ滅竜魔導士でも鉄のビスが付いていて。
悪いとは思いつつも、ハッピーは溜め息を漏らした。




今日も、部屋には明かりが点いていない。

「どうして、なんだろ」

呟いた言葉は、誰も居ない空間に溶けて消えた。
ナツはずっとあの絵に付きっ切りで、この部屋には寄り付かない。食事のためにギルドに来ても、会話もそこそこに出て行ってしまう。
ずっと、上の空で。

「魔法って。どんな魔法だってのよ」

グレイが提示した、一つの可能性。実は、同じことを考えてた。
でも私が思ってたのは、ちょっと違う。

それは本当に魔法のようで、たいていの人間がかかる、心の病――恋の魔法。

もし、そうだとしたら、どうしたら良いの?好きになったら止められるものじゃない。そんなこと、自分が一番よくわかってる。相手が何であろうと関係ない。
そんなに、あの絵が――あの子が、良いの?
私がここに居るのに。
あの子じゃないと、だめなの?

「ねえ、ナツ」

窓枠を指先で撫でる。鍵は開けてあるけど、ガラスには指紋一つ無い。

「好き、だよ」

会いたい。話したい。私を、見て欲しい。
あの、無邪気な瞳で。

「ナツ」

瞼の裏に、桜色の笑顔。私には、向けてくれないのかな。
そうだとしても。

「諦めたくないよ…」

ぐ、と噛んだ唇が、冷たい。
胸が締め付けられたみたいに苦しい。手に入らないと決まったわけじゃない。でも、今みたいにナツに背を向けられると――敵う気がしない。
振り返ると、テーブルの上の鍵束が目に入った。暗い考えが浮かんでくる。

いっそのこと、あの絵を処分できるなら、やってしまいたい――。

手を伸ばすと、拒絶するように鍵が光った。






ハッピーはルーシィが好き。たにしはガジル君が好き。


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