「んあー…暇だな」
「ナツ、静かにしてないとダメだよ」

大して見もせずにさくさくと歩いていくと、あっという間に最後の絵まで辿りついた。首から名札のようなものを下げたスタッフらしき男が、薄い笑みを浮かべて佇んでいる。
『商談はこちら』――ぎりぎり品を保った小さな紙が、その背後にちらりと見えた。買うつもりがないのが伝わったか、彼はナツ達に視線も向けてこない。

「…戻るか」

ルーシィが追いかけてくる気配はない。しぶしぶナツは踵を返した。

「ルーシィ、迎えに行こうぜ」

しかし口に出してみると、それはずいぶん楽しげな提案に思えた。「あい!」とやや声を落として片手を上げる相棒に、にや、と笑いかける。

「脅かしてやっか」
「面白そうだね」

こんな静かなところで大声を出したら、一気に注目を集めるに違いない。真っ赤になって慌てる彼女が、目に見えるようだった。
足取りも自然、軽くなる。

「お前達」

角を曲がると、エルザとグレイが居た。ナツは小さく手を上げる。

「ルーシィは?」
「まだ向こうだ」

グレイはポケットに手を突っ込んで、後ろに体重をかけるように突っ立っていた。パッと見、脱いだ様子はない。右耳が赤くなっているので、もしかしたらすでに脱いでエルザに怒られた後かもしれないが。
ナツは「そっか」と軽く返して、パーティションの角を慎重に曲がった。素早く目を走らせる。

「お、いた」

金髪の後頭部。目当ての人物は、一枚の絵の前に立ち止まってこちらに背を向けていた。
突然に両肩を叩いてやろうと、背後にそっと忍び寄る。と、彼女の見ていた絵が目に入って、ナツは呼吸を止めた。

「――……」
「ゎ、あんたら居たの?」

淡褐色の瞳がくるり、と振り返った。気付かれたことにより、ハッピーが残念そうな声を上げる。

「ビビリィーが見たかったのに」
「あのねえ……。ん?ナツ?」
「おう」
「どうしたの?」
「おう」

生返事をしながら、ナツはその絵を食い入るように見つめた。豪華な額縁に入った一抱えほどの大きさのそれには、中央に着飾った十七、八くらいの女性が描かれている。緑がかった金髪を形良く巻いて、すまし顔で草原に佇み――手には長い花を数本持っていた。後ろに数人が申し訳程度に小さく描かれている。
身分の高い、貴族の絵だろうか。
装飾の過剰なドレスはいかにも窮屈そうだが、ナツはルーシィが昔こういう世界に生きていたのだと思い出した。

「……この絵」
「欲しいの?」
「まさか」

他の絵と同じく、買えるような値段ではない。買えたとしても、肖像画を飾る自分など、想像も出来ない。ナツは首を振って、彼女に目を向けた。

「お前こそ、なんか熱心に見てたじゃねえか」
「ううん?他と同じだったと思うけど?」
「ふうん…行こうぜ」
「え…ああ、まあ、いいわ。うん」

絵をじっくり見ることは諦めたか、それとももう飽きたのか。彼女は素直に頷いて、綺麗に笑った。その足元を、ハッピーがとてとてと歩く。

「あんたら、もう最後まで見たの?」
「あい」
「早すぎでしょ」
「だって、ルーシィ来ねえし」
「……えっと、それはどういう?」
「ルーシィが居たらからかって遊べるから、時間かかる」
「帰ったらお仕置きね、あんた」

ナツは角を曲がろうとして、ふと、さっきの肖像画を振り返った。描かれた人物達とは、誰とも目が合わない。

「ナツ?」
「んん…」

説明ができない。しかし、気になる。

もっと――近くで見ていたいような。

ナツは首を振った。

「なんでもねえ」
「ねえナツ、今日、ルーシィんち行こうよ」
「ん?」
「今日はどこに隠れとく?」
「本人の目の前でそんな計画立てないでくれる?」

ナツは唸って頭を掻いた。

「今日はやめとく」
「あ…そう…」
「あれ、ルーシィ?なんか残念そうだね?」
「えっ!?あ…」

大声に客達が冷たい視線を向けてくる。思惑どおり、といった風情で、ハッピーがにやりと笑った。その笑顔が、横に伸びる。

「ホント、可愛いわねえ、猫ちゃん」
「むぎゅー」

ナツはもう見えなくなった後ろを、こっそりと振り返って。
マフラーの端を、ぎゅ、と握った。






イタズラを忘れるほど。


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