いつものことながら、火種はギルド全体に広がった。
ナツはごちゃごちゃとしてきた足場を踏みならしつつ、常にグレイを真正面に捉えていた。それなりにダメージは加えたはずだが、それはこちらも同じことだった。魔法を使わない肉弾戦では、悲しいかな互角と言わざるを得ない。
決定的な一打を、双方が狙っている――。
ナツは下唇を舐めて、目を眇めた。
「ぐはっ!」
巻き込まれたマックスが足元に放り出される。
いつもなら標的を変更するところだが、今回は目的がある。殴るでも蹴るでもなく避けたナツに、グレイが片眉を上げた。
「なんだよ、ずいぶんオレに何か訊きたいみてえだな」
「ぜってえ、勝つ!」
気合一発。それに応えたわけではないだろうが、天はナツに味方した。
どむ!
「うお!?」
エルフマンの巨体が、グレイにぶつかる。ナツに注意を向けていた彼は、その接近に気付かなかったようだ。
「やった!」
バランスを崩している。今だ。
ナツはだむ、と床を蹴った。引き伸ばされた視界の中で――跳ねる、金髪――。
「うん、大好き!」
「――へ?」
弾む声に、気が逸れた。しまったと思ったときには、もう遅く。
「うらぁっ!」
「ぐっ!?」
拳はグレイに届いたものの、カウンターを食らってナツは吹っ飛んだ。グレイも同時に反対方向で椅子をなぎ倒す。
がばり、と身を起こすと、視線の先でルーシィがころころと笑った。
「あたし、ヨーグルトで一日過ごしたこともあるくらい好き!」
「他の食材が買えなかったってことじゃないわよね?」
「違いますっ!」
「……なんだ」
耳に届いた会話の続きに、ナツの肩から力が抜けた。ぺたりと座り込んだ彼に、グレイが舌打ちする。
「引き分けかよ」
「あ……」
倒れた方が負け――自分から付けた勝利条件。出来るだけ早い決着を、と思って言ったのだが、ナツは結果にがくりと項垂れた。
グレイがこき、と首を鳴らして、ナツを見下ろした。
「なんだったんだよ、言えよ。気になるだろうが」
「……正直に答えろよ。本気で」
ナツはちらり、とルーシィに目をやった。その存在がそこにいるのを確認して、息を吸う。
がたがたと煩いギルドの真ん中で、ナツは渇いた口を動かした。
「お前、ルーシィのこと、好きなのか?」
「は?そりゃてめえだろ」
あっさりと。
グレイは当たり前のことのように言った。ナツの目が点になる。
「へ?」
「安心しろよ、オレはそういうんじゃねえから」
面倒くさげに両手を上げて、グレイが首を振る。
その仕草を口を開けたまま眺めて、ナツは止まっていた息を少しずつ吐いた。妙に熱いそれを出し切ってしまうと、ようやく脳がグレイの言葉を考え始める。