ギルドの隅、柱の陰で。ジュビアがぎりぎりとハンカチを噛み締めていた。
「恋敵……」
後ろを通った際に小さく聞こえた、呪詛。
今まで何度も耳にしているが、ナツはその意味を気にしたことはなかった。言われたルーシィがふるふるしていて面白い、と思う程度で。
ひょい、とジュビアの後ろから視線を追うと、酒場のテーブルについたルーシィが、なにやら楽しげにグレイと会話していた。いつもの彼女に、間違いない。
「コイガタキ……」
ナツは一度口の中で反芻して、眉をひそめた。この距離では、ルーシィには届かない。彼女に伝える目的ではなく、ただの独り言ということになる。
普段のあれは、ルーシィをからかって遊んでいたわけではなかったのか。
しかしルーシィと『恋敵』が結び付かなくて、ナツは唸った。ぽん、と手を打つ。
「鯉が滝?」
「恋敵です」
わざと茶化した問いかけに、ぎろり、と機械的な動きでジュビアが振り返る。さきほどからルーシィに向けられていたのと同等に力強い視線を受けて、ナツは上半身を揺らした。
「……ルーシィだよな」
ジュビアは冷たい目でナツを刺した。
「ジュビアの恋を邪魔するからです」
「邪魔?なんで?」
それには答えず、ジュビアは黒髪の魔導士に目を戻した。
彼女の恋がグレイに対するものだということは、ハッピーもよく言うところであるし、ナツも知っている。だとしたら。
「グレイの奴……」
ルーシィのことを?
ナツは首を振った。
「そーゆーんじゃねえよ、あれは」
「どうして言い切れるんですか」
キツイ口調の割に期待に満ちた瞳で、ジュビアがナツに詰め寄った。
「だって……」
確かに仲は良い。他の連中と比べてよく話す。しかしそれはチームを組んでいるからで。
自分と、同じだからで。
「だって、グレイだし」
根拠のないそれに、ジュビアが明らかに落胆した表情をした。なんだか悔しくて、ナツは言葉を重ねてみる。
「好きとか嫌いとか、そんなんじゃねえよ」
「それはナツさんの想像でしょう」
「訊いてみりゃいいじゃねえか」
「そんなの、素直に言うわけありません」
「そう…なのか?」
もし。
グレイがルーシィのことを好きだったら――。
「……オレには関係ねえけど」
関係はない。しかし胸の奥にどろりとした黒い何かが広がっていく。
正体不明のそれが嫌で、ナツはジュビアを置いて二人のところに足を向けた。
「グレイ、勝負だ」
「あ?」
ばしん、と二人の間でテーブルを叩き、ナツは眼光を強めた。
「訊きたいことがあんだよ。オレが勝ったら正直に答えろ」
「なんだよ?」
「勝ったら訊く!倒れた方が負けな!」
言うが早いか、ナツはテーブルを足で蹴った。そこそこの重さがあるそれを弾き飛ばすと、仲間達から非難の声が上がる。
ルーシィが慌てて逃げていくのを横目で見ながら、ナツはグレイに向かって拳を突き出した。
「おらぁ!」
「ぐっ!?」
初撃は成功――しかしグレイはよろめきもしなかった。インパクトのタイミングをずらされた、と理解すると同時に、ばふ、と白い上着が宙を舞う。
「てっめぇ!」
ぐん、と腰を捻った一撃がナツを襲う。両腕でガードするも、背中が誰かにぶつかった。それを確認する暇もつもりもなく、彼は跳ねるようにグレイから距離を取る。逃げるためではなく、助走のために。
「食らえ!」
「返り討ちにしてやるよ!」
二人の拳が、ギルドの真ん中で交わった。