そこは確かに、元いた場所のはずだった。グレイが残しておいた木の根元の氷が、間違いないことを知らせてくれる。
しかし、人の気配は見当たらなかった。
「いない…」
「予想通りっちゃ予想通りだけどよ…」
「や、ど。どうしよう。誘拐?」
「落ち着け。ジュビアはともかくナツには価値ねぇ」
「酷いね、グレイ…」
「ジュビア…まさか幼女趣味の中年とかに…!」
「バカ言ってないで探すぞ」
「あ、焦った」
「茶化すな!」
グレイはハッピーに歯を剥いた後、大きく息を吐き出した。ちらり、とルーシィを見て唸る。
「ナツの野郎なら、おびき出すのは簡単だ」
「え?」
「ルーシィ、悲鳴を上げろ」
「は?」
言っている意味がわからない。ルーシィがきょとん、と見返すと、 彼は何かを考えるような顔つきをして、小さく謝罪の言葉を口にした。
「…悪ぃな」
「へ?」
がっ、とハッピーの頭を片手で掴み、もう片方の手でルーシィの服の裾を掴む。満足に反応も出来ないうちに、中にハッピーを押し込まれた。
「き、きゃああああ!?」
「…――シィ!?」
「よし、かかった!つか近いな、すぐ来るぞ」
「なんてことすんのよ!」
どか、とグレイに蹴りを入れる。猫の形に膨らんだ胸元に手を突っ込んで、尻尾を引っ張った。
「むぎゅ」
「いい加減出て来い!」
「にゃー」
「にゃーじゃないっ!」
茂みががさりと大きく揺れた。慌てた様子で、小さなナツが転がり出て来る。
「ルーシィ!大丈夫…か?乳、またでかくなってんぞ」
「違うわよ!」
やっと出てきたハッピーを桜色の頭に押し付ける。少しぼそぼそになった毛玉は、ナツの上でふー、と息を吐いた。
「おう、ハッピー」
「ナツー、オイラ、ルーシィに窒息させられるとこだったよー」
「うわー、虐待かよ。ったく、オレが居ないととんでもねえな」
「違うからねっ!?」
「おい、ジュビアはどうしたんだよ?」
グレイがナツのマフラーを掴み上げると、一拍置いてまた茂みが音を立てた。艶のある水色の頭がぴょこり、と顔を出す。
「グレイ様、ごめんなさい」
「おう、ジュビア…それ、なんだ?」
「これって…」
「この子を見つけて、捕まえに行ってたんです」
ジュビアはそぼ濡れた毛玉を抱えていた。よく見ると、それは灰褐色の生き物で、加えて背中に斑模様がある。気を失っているのか、目がきつく閉じられていた。
「まさか、ターゲットの子供?」
「最近急に現れたって言ってました。多分迷い込んだこの子を捜しているんじゃないかと」
ルーシィはグレイと顔を見合わせた。そういえば、ターゲットは何かを捜索している風ではなかったか。
「そっか、お母さんだったんだ」
「お父さんかもね」
「…ううん、お母さんよ」
合点がいった。目撃者の見た大きい個体は、恐らく父親の方だ。
幼くなったジュビアにも軽々抱けるそれは、ハッピーよりも小さい。この深い森の中、親と逸れてどんなに不安だっただろう。