グレイが目を細めた。
「話に聞いてたより小せえな」
「恐怖心から大きく見えたのかもしれないわね」
目撃者は子象ほどの巨体だった、と言っていたはずだが、目の前のそれはせいぜい馬くらいの大きさしかなかった。しかしこれで話通りに目で捉えられないほど動きが素早いのだとしたら、一回り二回り小さかったところで戦闘が楽になるわけではない。
「まあどうでもいいけどよ」
同じことを考えていたのだろう、グレイが唸った。ルーシィは木に体重を預けながら苦笑する。
「ジュビアが居ればね」
「仕方ねえだろ」
火ではなく水を嫌がる、とのことだったので、彼女に動きを止めてもらおうと思っていたのだ。
グレイがルーシィに向かって目配せした。
「まずは足を止めるぞ」
「うん」
グレイが両手を構えた。
「アイスメイク、牢獄!」
瞬きの間に、繊細な装飾を施された氷牢が出現する。こちらに気付いてもいなかったモンスターは、易々と捕らえられる――はずだった。
「んなっ!?」
一瞬掻き消えたかと思うほどの、驚異的なスピード。グレイの檻はその場に飛んでいた蝶だけを空しく捕まえた。
ルーシィは目を見張りつつも、鍵束からひとつ取り出して空中に刺した。
「開け、人馬宮の扉!」
「お呼びでありますか、もしもし」
召喚されたサジタリウスは背筋の伸びた良い姿勢でびしり、と敬礼した後、ルーシィの求めに応じて矢を放った。
「たくさん撃って!とにかくいっぱい!」
「アバウトな指示ですからして、もしもし」
それでも彼はルーシィの意図を汲んでくれた。広範囲に、大量の矢を降らせる。
しかしモンスターは瞬間移動でもしたかのように、それらをことごとく避けていく。グレイも同時に攻撃しているにも関わらず。
「くっ、速いでありますからして」
「なめんなよっ!おらっ!」
「ネコマンダーキーック!」
「邪魔ー!」
「あ…ルーシィ、オイラ地面に刺さったー。助けてー」
「一生刺さってれば!?」
息切れのしてきたサジタリウスを閉門して、ルーシィは猫を引っ張り上げた。構えを解けないまま引っ切り無しに造形しているグレイを振り返る。
「ちょ、これ…っ」
「六魔のアイツより速ぇかもな」
魔力量が並ではないとは言え、こうも休みなしではグレイも辛そうだった。ちっ、と舌打ちして両手を下ろすと、モンスターから距離を取って腰を落とす。
「……?」
ルーシィも倣って身構えたものの、モンスターはこちらをじっと見ているだけだった。
「ねえ、グレイ」
「ああ、変だな」
闘いに応じる気配がない。そういえば先ほどから、こちらを攻撃することは一切なかった。これではまるで、一方的な狩りをしているようだ。
本当に危険なのか――二人が迷った一瞬の隙をついて、モンスターは身を翻した。
「待ちやがれ!」
グレイが連続で氷の柵を生み出すも、やはり間に合わない。風に揺れる葉の音だけが残された。
「くそっ」
「オイラ追いかけようか?」
「あのスピードじゃ追い付けねえよ。持久力もあるみてえだしな。仕方ねえ、いったんナツ達んとこ戻るぞ」
「うん…」
なんだかスッキリしない。
ルーシィはモンスターの去っていった方向を見つめて、眉根を寄せた。