ルーシィが潤んだ瞳をグレイに向けた。
「グレイ、お願い」
その切なそうな声音に、ナツは眉間の皺を深くした。
無駄に艶っぽい。普段全く、色気なんかないくせに。
「へいへい」
対するグレイはおざなりな返事で、さらにナツの苛立ちを募らせる。しかしルーシィが本気でそれを願っていることも知っているので、喧嘩をふっかけて全てを台無しにするのは我慢した。
目の前で、氷の欠片がしゃらしゃらと音を立てて積み重なっていく。グレイは暑さのせいか生気のない瞳で、器いっぱいに盛られたそれを差し出した。
「ほらよ」
「わあ!ありがとう!」
額に汗を滲ませて、ルーシィがそれ――真っ白なカキ氷――を受け取る。
とたとたとカウンターに蜜をかけてもらいに行く後姿を見送って、ナツは唸った。
「暑いか?そんなに」
「あちぃよ」
グレイは一言だけ呟いて、テーブルに突っ伏した。屍のように動かないそれに、ハッピーが前足を伸ばしてうつ伏せに寝そべる。
「ハッピーお前、さっきからそれやってっけど、楽しいか?」
「楽しくはないけど、涼しくて気持ち良いよ」
「……そうかよ」
マグノリアに、夏が来た。自分と同じ名前の季節――そして、グレイが人気の季節。
なんだかすごく、納得がいかない。
相棒にさえ裏切られたような心地で、ナツもテーブルに顔を伏せた。木の匂いに混じって、香料の強い、甘いシロップの匂いがする。
「ん…イチゴか」
首を捻って見やると、ルーシィが戻ってきていた。
「ナツも暑いの?」
「いあ」
「だよね」
とす、とナツの横に腰を下ろし、カキ氷にスプーンを刺す。食べるかと思いきや、ルーシィは器を頬にくっ付けた。うっとりと目を細める。
「冷たー」
面白くない。
ナツは身を起こして、無防備な反対の頬に手を伸ばした。しかしそれは到達する前に気付かれる。
「なあに、触りたいの?」
「うん」
「はい」
ルーシィは笑顔でカキ氷を当ててくる。ナツの瞼が半分だけ閉じた。
「……」
「わ、やだ!溶かさないでよ!」
慌てた様子で、彼女はカキ氷をナツから引き剥がした。ずり、と身体ごと離れて、大事そうにそれを抱える。
「もー、いじわる!」
「……」
ふざけたことに、今日のルーシィは可愛い。普段その言葉が頭に浮かばないナツにさえも他の表現が出来ないほど、どうしようもなく、可愛い。光を集める、長い睫毛に縁取られた大きな瞳。ほんのり赤くなった柔らかそうな頬。ぷるりとした唇。やや上がりがちな吐息――。恐らく暑さと、それによる甘えと、ワガママを受け入れてもらえたことによる安心と――多少振る舞いが子供っぽいが、いや、それが尚更――とにかく、可愛い。
「夏はこれよねー」
ナツは彼女がカキ氷を口に運ぶ様をじっとりと見つめた。可愛いけれど、それはグレイが出した氷で。ナツの手によるものではなくて。今このとき、彼女を可愛く見せているのが、自分ではなく――グレイで。
視線に落ち着かない様子を見せたルーシィは、赤い氷をひとさじ差し出してきた。
「食べる?」
「要らねえ」
「あ…そう……なんで見てるの?」
「悪いかよ」
「そんな見られてたら消化に悪いでしょ」
「消化するほどのモンじゃねえだろ」
「……」
穴を開ける勢いで見つめていると、ルーシィはカキ氷を隠すようにナツに背を向けた。むっとして、ナツも身を乗り出す。