「危ないわよ」
「おっ・・・と。サンキュ」
街路樹にぶつかりそうになったナツの腕を引っ張って、道の真ん中に戻す。
横を歩いていたハッピーが彼を見上げた。
「スイカ割りみたいだよね。ナツ、もっと左」
「うん?」
「きゃ、ちょっとハッピー!変な誘導しないでよ!」
ナツには今、自身のマフラーで目隠しさせている。とりあえずギルドに着くまでの道のりは、これで凌ぐことにしたのだ。
見えないのに大股で歩くナツに呆れて、ルーシィは息を吐いた。
「もっとゆっくり歩けばいいじゃない」
「やだよ。早く帰りてえ」
幸い、もう大聖堂まで来ている。ルーシィは優しくナツの肩を叩いた。
「あともう少しだから」
「見えねえって、思ったより疲れるな」
「だったら発動させちゃう?」
ハッピーがこともなげに言って尻尾を振った。
「考えたら、初めからルーシィがナツとちゅーしてれば良いんじゃないか」
「んなっ!?」
「できるかっ!」
一蹴して怒鳴りつけるも、ルーシィは迫ってきたナツを思い出してしまって、両手で熱い頬を覆った。
どくどくと、心臓がうるさい。
ナツが好き――恥ずかしさと戸惑いで表立って認められないものの、この気持ちは揺るがない。
いつかは、と夢を見てはいるものの、魔法でなんて、論外だ。
「ホント、とんでもない魔法にかかってくれたわ。なんでこんな……」
「…オレのせいじゃねえもん」
むぅ、とナツが口を尖らせる。
「んな怒んなよ。しゃあねえだろ」
「…何よ、それ」
声が冷えた。
確かにナツのせいではない。仕方がない。
ルーシィに向かって発動したのは、赤いリボンをしていたせいだ。
しかし本人に、不機嫌そうに言われてしまうと。
ルーシィじゃなくても、キスしようとしてたんだから――そう言われたような、気がした。
こみ上げてくる涙を堪える為と自身の心を守る為、ルーシィは声を荒げた。
「ああはいはい、そうですね!リボンのせいだしね!」
「魔法のせいだよ」
「うっさい、猫!ちょっと黙ってなさい!」
急にヒートアップしたルーシィにナツがびくり、と肩を揺らした。
「どうしたんだよ?」
「別に!」
空虚な苛立ちに促されるまま、ぷい、とそっぽを向く。目隠ししている人間に対しては無意味だっただろうが、それも腹立たしかった。
どうせ見えてても、ナツはあたしのことなんてどうでも良いんだろうけど!
理由を理解されるのは困るが、嫌だと思ったことは知って欲しい。矛盾した願いを隠すことができず、ルーシィはナツにぶつけた。
ナツはんん、と唸って、
「今、赤い布持ってねえよな」
「外したわよ、それが何っ!?」
「そっか」
言うが早いか、目隠しをずらした。ツリ目がちの瞳がルーシィを捉える。
久しぶりにそれを見たような感覚に驚いて、彼女は息を飲んだ。そしてすぐに、突然の行動に慌てて辺りを見回す。
「ちょ、人通り多いんだから危ないわよ!」
「ルーシィしか見ねえから大丈夫だ」
「っ、ばっ、ばか!」
「あ?」
状況も意味もわかっている。期待などしていない。しかし、嬉しく思ってしまう自分を止められない――。
頬も首も耳も、全身が焼けたように熱くなる。
ナツのたった一言で、こんなにも振り回されるとは。
言葉通りルーシィだけを映す瞳に、彼女は耐えられず下を向いた。
「ぅ…あんま見ないでよ」
「無理言うなよ。つか、どうかしたのか?急に」
「あ、オイラ先に帰ってようか?お邪魔してもアレだし」
「へ?邪魔?」
「今帰ったらヒゲ抜くわよ!」
ルーシィだけを、と言ったはずのナツは、あっさりとその視線をハッピーに向けた。
そんなもんよね、と肩が落ちる。