「何すんのよっ!」
「何ってナニ?こうなったら楽しまなくちゃ損だよな」
ルーシィは後ろ手に縛られたまま、冷たい床を跳ねた。
足も縛られているため必殺の足技も繰り出せない。男は横たわったルーシィの上に馬乗りになると、肩を床に押さえつけた。
「い、痛っ」
ぎりり、と下敷きになった手が軋む。思わず仰け反って体重を逃がすと、男が顔を近づけてきた。
「や…やだっ」
涙目で顔を逸らす。男は差し出された白い首筋に唇を落とした。
「つっ…」
小さな痛みが走る。何をされたのかは理解できるが許容はできようもなかった。
絶望感が胸を占める。目尻から涙が零れた。それでも。
「お?」
ルーシィは男を睨みつける。妖精の尻尾の魔導士として絶対に諦めたりしたくはなかった。
それに時間さえ稼げば勝機は必ず訪れる。一人じゃ、ないのだから。
男はふん、と鼻で笑った。
「まぁいいさ、泣いてる女抱く趣味はないしな」
あっさりとルーシィから離れると、興味を失ったように部屋から出て行った。がちゃり、と暗闇に錠の音が響く。
部屋には窓もなく明かりさえない。
とりあえずの危機から脱したルーシィは安堵でまた涙腺が緩んだ。ぽろりぽろり、と粒となって床に落ちる。
「ナ、ツ…っ」
泣くのは最後と決めて目を閉じた。
エルザ達は縛った連中を指示された森の中に運んでいた。
「…エルザさん…その…オレら、立場ないって言うか…」
グレイが遠慮がちに先頭を行くエルザに声をかける。一度に運ぶため引きずる形を取っているのだが、エルザのその数はグレイやナツの2倍以上はある。
「何か言ったか、グレイ?」
振り返りもせずに――息さえ乱さず答える彼女に寒気を覚えて、グレイは早口でなんでもないです、と答えた。お前らなんか言えよ、と視線を向けるも、ナツとハッピーは冷や汗をかいて目を逸らした。
「――あそこだな」
木々の間に指示のあった広場が見えてきた。3人と1匹は速度を上げてそこを目指す。
日の落ちかけた森は暗いだけだったが、そこには夕焼け空が広がっていた。男は一人、広場の真ん中に影を作っている。
「ルーシィはどうした?」
エルザが警戒するように腰を軽く落とした。
「そいつらが先だ」
表情ひとつ変えずに男が言う。
エルザは掴んでいたロープを手放した。途端、風が走り、引きずられていた男達のロープが切れる。
「女はあそこだ。助けたければ勝手に連れて行きな」
男が指し示す先には鉄筋のレンジャー小屋のような建物があった。
「ただし、出来れば、の話だが」
男達は3人と1匹を囲むように立ち塞がった。その中にはまだエルザの恐怖から立ち直れていないようにふるふると震える者も居たが。
びゅおおおおっ!
魔力を帯びた突風が吹き荒れる。エルザ達の体に絡みつき、自由を奪った――かに見えたが。
「はぁっ!」
妖精女王の気合一発、風が砕かれた。予想していたかのようにギルドマスターには動揺は見られず――腕を振って、今度は自軍に風を纏わせる。防御力か攻撃力か、それともその両方を上げる魔法か。連中は沸き立って戦意が上がったように見える。エルザはギルドマスターをきっと睨んだ。
「どうせ逃がしちゃくれねぇんだろ」
口角を上げてそれを流し、男は左手を建物の方向に向けた。指先から竜巻が発生し――真っ直ぐに建物に向かって走る。
「なっ…」
「てめぇ!」
竜巻は建物すれすれを木々を薙ぎ倒しながら進んで消えた。男は視線を動かさず言い放つ。
「動くなよ。反撃したら女を殺す」
弾かれたようにナツとグレイが男目掛けて走り出した。
「話聞いてたのかよ、兄ちゃん達っ!?」
男は口元を引きつらせて左手から竜巻を放った。
「エルザ!」
「任せろ!」
ナツの言わんとするところを酌んでエルザが応える。二人を追おうとする連中を大剣で薙ぎ倒し、換装した。また向かってくる雑兵を循環の剣で叩く。――が、
「へっ、効かねぇよ!」
打ち倒された雑兵はすぐさま起き上がってエルザに向かう。先ほど男がかけた風の魔法の効果か。小さく舌打ちをしてもう一度剣を握り直した。