「面白かったな!」
隣を歩くナツが無邪気に笑いかけてきた。
結局、公演約3時間、手は繋いだまま。
そして、今も――。
帰る客でごった返す劇場を抜け、てくてくと石畳を踏む。お洒落なカフェや飲食店が立ち並ぶ区域で、ナツはふんふん、と鼻を鳴らした。
「どっかで飯食って帰ろうぜ」
「うん」
二人、手を繋いでのんびり街を歩く。これではまるで。
デート、よね。丸っきり。
不思議な気持ちだった。そんなものではないという認識はあるのに、前ほど否定したいと思えない。
こうしていることが当たり前のようにも感じる。嫌だとも思わない。
自分の気持ちを包み隠したオブラートが、ゆっくりと溶け出していくようだった。
あと、もう少し。
全容はまだ見えない。どうしたら良いのか考えがまとまらない。どうしたいのかもわからない。
でも本当に、ナツが手を放さない理由が、ルーシィが『特別』だから、だとしたら。
言葉にして欲しいな、と胸の中で呟いたとき、ナツが歩を止めた。
「なあ、ルーシィ」
「何…?」
心の声が届いたのだろうか。
返す自分の声は、甘く期待に満ちていた。
ナツが照れたように顔をほんのり朱に染める。
「その…劇の間、ずっと言いたかったんだけどよ」
「う、うん」
どうしようどうしよう。
こんなとこで?
きゅ、と。
ナツが強く――それでも優しく、繋いだ手を握ってくる。
それは今日何度目かの、温かい確認。
ルーシィは気持ちに応えるように、そっと力を込め返した。
真っ直ぐな視線に射抜かれて、頬が紅潮する。浮遊感にも似た眩暈を感じて、ルーシィはうっとりと目を細めた。
早すぎる鼓動が彼の言葉を待っている。
ナツは小さく息を吸って、不思議そうに言った。
「なんでお前、オレの手ぇ握ってんだ?」
「――は?」
「別に良いんだけどよ。なんでなんだろなって思って」
ナツはややもごもごした口調で首の後ろを掻いた。
「あんたが握ってきたんでしょ!?」
「へ?オレが?」
「もう!放して!」
期待した自分が情けなくなって、ルーシィはナツの手を振り解いた。
結局、そうじゃなかったんだ。全部、独りよがりで。
くっ、と唇を噛んで八つ当たり気味に睨むと、ナツは自由になった手のひらを凝視して呆然とした。
放されることなど、まるで予測していなかったかのように。
「え、ちょ…」
泣きそうとまではいかずとも、ナツは明らかに傷付いた表情を見せた。項垂れて伏しがちになった睫毛に、きりり、と胸が泣き声を上げる。
ルーシィは慌てて口を開いた。
「ご、ごめん。手、つな、」
ごう、は言えなかった。
「お前、手ぇ、汗でびちょびちょだぞ」
ルーシィは無言で顔面に拳をめり込ませた。
「…居ないね」
「……」
「もう帰ったのかな」
「あのクソ火竜、マジでなめてんのか…自分で言い出したことだろうがよ」
「ナツのことだから忘れちゃったのかもね。3時間も前のことだし」
「けっ」
「ね、ねえガジル。この後…あれ?」
「何してんだ、置いてくぞ」
「え、え?」
「飯時だし、腹減った。奢ってやるから付き合えよ」
「う、うん!ありがとう!」
「……」
「?何?」
「…なんでもねぇ」