「ホントに、アンタってば…」
「あ?」
「放しなさいよ」
「あん?この芝居、結構人気あんだな」
「話すじゃなくって、」
「あと何分くらいで始まるんだ?」
「え?うんと…もうすぐだと思う」

ナツがきょろきょろと落ち着きなく辺りを見回す。それに流されそうになったが、ルーシィは再度口を開いた。

「ねぇ、手、」

言いかけた直後、始まりの合図が場内に鳴り響いた。
ざわついた客達が静かになっていく過程で、ナツが声を潜める。

「静かにしとけよ」
「あんたに言われたくないわ…」

一拍置いてふっ、と天井の明かりが落ちた。
暗くなると余計に隣との距離が近くなったように感じる。とくりと跳ねた心臓を持て余しつつ、ルーシィは手をちらりと見た。
自分の方はほとんど力が入っていない。ナツが無意識のまま掴んでいるだけだった。

タイミング悪いわ…。

結局、言いそびれた。はぐらかされたような気もしたが、ナツに限ってそんなことはないだろう。これ以上勘違いするのは痛い。
そう、いつだって、振り回されるだけなのだから。
程なくして幕が開き、複数の盗賊役達と騎士役が登場した。どうやら物語は現在から過去を回想する形で展開されるらしい。名乗りを上げた騎士役が、その強さを観客に見せ付けてくる。
ナツの手はルーシィのものよりも熱い。腕を辿って横顔を窺うと、彼はキラキラと子供のように目を輝かせて舞台に釘付けになっていた。騎士が敵を倒すアクションシーンに興奮したのだろう。
可愛い――、と思った。それにまた鼓動が早くなったのには、気付かないふりをした。
手は、まだ、放されない。

ああもう。忘れてしまおう。

騎士役が派手な動作で剣を振るう。無理やり劇に意識を沈める――ことは、出来なかった。

「!」

ぎゅ、と伝わってくる握力に、ルーシィは身体を震わせた。その勢いで、反射的に握り返す。

なになになに!?

固まった首がナツを確認することを拒否した。突然心臓が巨大化でもしたみたいに、血流の速度が増す。
しかも。

えええええ!?

視線が刺さる。勘違いなどではなく絶対――こちらを見ている。
舞台上では騎士役が最後の盗賊を倒して、高々と剣を振り上げた。
パニックになったルーシィに追い討ちをかけるように、再度手が握られる。

逃げられない。

瞬きも出来ないまま顔を向けたせいで、視界は少し潤んでいた。それでもはっきりわかるほど嬉しそうに、ナツが笑う。

「――…」

息を、飲んだ。

油断していたのかもしれない。覚悟が足りなかったのかもしれない。
元々ルーシィはナツの笑顔に弱い。無邪気で裏がなくて、巻き込まれてしまう。どんなときでもそうなのに。
このタイミングで、この距離で、こんな笑顔を見せられたら。

ああ。
落ちる。

麻酔でも打ったみたいに、思考が覚束ない。
出て来ない言葉の代わりに、ルーシィは彼の手に伝えた。
鼓動はドキドキを通り越してバクバクに変わっている。痛いくらいだったが、それが心地良くさえ感じた。
昨日レビィに言われた『お互いが特別』との言葉が耳に戻る。

特別?ナツも?
それも、仲間じゃなくて。
――好き、なの?

自分に訊いたのか、ナツに訊きたいのか。羞恥に耐えられず舞台に目を戻して、ルーシィは答えの出ない問いを考え始めた。






それは無言で、でも雄弁に。


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