「ぐぬぬ…!」
「け、明日相手してやるから覚えとけ!」
「ああ!?明日までなんて待てねぇな!この後勝負つけようぜ!」
「え、ちょっと、ナツ!?」
「望むところだ、逃げんじゃねぇぞ!」
限界まで近付いて火花を散らしたかと思うと、ばっ、とお互いに背を向ける。
「行くぞ、ルーシィ!」
「ちょっ…」
「レビィ!さっさと座るぞ!」
「っ、うん」
腕が勢い良く引かれて、ルーシィはたたらを踏んだ。強引な動作に文句を言おうと口を開いたが、瞬間目に飛び込んできた光景に自分の状況などどうでも良くなった。
「!」
ちらりと見えたレビィの手が、ガジルに――握られている。
恐らく苛立った勢いなのだろう、ガジルの歩調はナツと同じく荒々しい。しかしレビィはその後ろを嬉しそうに跳ねて行った。
良かったね、レビィちゃん!
後はナツを説得して、勝負なんて止めさせなければならない。せっかくのデートが台無しになってしまう。
背中を睨みすえると、ナツが振り返った。
「おいルーシィ、どこだよ」
「あ、そっち。3段目の、多分真ん中空いてると、こ…?」
指で示そうとしたが、ナツに拘束されていて右手が上がらなかった。代わりに左手を出して。
そこでようやく、違和感に気付いた。
「あれ?」
「なんだ?便所か?」
「違うわよ!そうじゃなくて!」
「?」
頭の上に疑問符を浮かべて、ナツが首を傾げる。ルーシィは彼のきょとんとした瞳を見返した。
手、繋いで、る…んだけど?
感覚はしっかりとそう伝えてきているが、ナツの様子はいつもと全く変わらない。
こくり、と喉が鳴る。
下は見れない。
見れば、それと認識すれば――顔が赤くなってしまう。
「う、ううん。なんでも、ない」
少し、声が震えた。
ナツはやや不満げな顔をしたがそれ以上言及することはなく、座席の合間を縫ってぼす、と腰を下ろした。手を握られたままの彼女も引っ張られて、その隣に身を落ち着ける。
軽い衝撃が走って自分の右手を盗み見ると、肘掛に投げ出されるように置かれたところだった。
気のせいなどではない。
一回り大きい、適度に日焼けした男の手に包まれている。
首から耳にかけて、ぶわっと熱が上がってくる。スキンシップの多いナツだが、こうしてルーシィを引きずるときは大抵手首を掴むだけのはずだ。しかも、なぜ座った今も放さない?
舞台では重々しい色の幕が向こうの世界とこちらを隔てている。ルーシィはその裾を目が乾くほど凝視した。
「あ、あの、さ」
「くっそ、ガジルの野郎…」
ぎり、と奥歯を噛んでナツが呻いた。同時に、手が強く握られる。
強張っていた身体から、力が抜けた。
なんだ…忘れてるだけなのね。
ナツの意識はまだガジルとの喧嘩にあるらしい。彼にとっては手でも手首でも深い意味はなく、たまたま掴んだだけなのだろう。
おたおたしたことがバカらしくなって、彼女は盛大に溜め息を吐き出した。