炎の魔導士とレストラン






「にゃ!?」

シンプルな佇まいの店に入ると、数人の客の横に居た大型犬が扉の開閉ベルに反応してナツ達を見た。ハッピーがルーシィの柔らかな胸にしがみつく。

「い、いたたた…爪立てないでよ、ハッピー」
「あ…ハッピー、犬苦手なんだよ」
「え、あ、そうなの?」
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

エプロンをつけた店員が、マニュアルに沿って微笑んだ。ナツがこの店を出ようかと言い出す前に、ルーシィが指で2、と示しながら店員に告げる。

「個室、空いてる?」
「はい、こちらへどうぞ」

案内された先は、真ん中に4人掛けのテーブルが設えられた部屋だった。ナツは個室が与えられたことにぱちくり、と瞬きして、店員がお辞儀をして去るのを見守った。普段フェアリーテイルの酒場や近隣の大衆食堂を利用しているナツには、こうした所謂オシャレなレストランに入った経験が無い。妙な居心地の悪さを感じたが、ハッピーを抱えたルーシィの向かいに座ると、学生食堂となんら変わりない風景に見え、安心した。

「もう、爪跡付いてんじゃないの?」

ルーシィは口を尖らせて、無造作にシャツの胸元を引っ張って中を確認している。見てはいけない物を見た気がして、ナツは目を逸らした。

「お前さ、なんかおかしくねぇ?」
「何が?」

きょとん、と首を傾げるその瞳が、心底わかってない、と語っていた。
警戒心が強いくせに妙に無防備。ナツは、まるで大人の身体に子供が入っているようだ、と感じた。なかなか人を信用しない、冷めた目の子供。
逸らした視線が、さっきまで繋いでいた華奢な手を捉えた。
もしかしたら、自分だからなのだろうか。自分だから、気を許してくれているのだろうか。感触を思い出すように緩く拳を握って、ナツは自覚せずに期待した。

嫌がって、なかった、よな。

観察するように視線を走らせるナツに気付かず、ルーシィはメニュー表を彼に向けて開いた。

「奢らないからね」
「おう、二度も奢ってもらおうとは思ってねぇよ」
「あたし何にしようかなー…」

口をへの字に結んでいたルーシィが、ん、と一つ頷いた。

「決めたわ。あんたは?」
「おう、決めた。ハッピーは…鶏ささみとかつおだったらどっちが良いよ?」
「にゃにゃにゃ」
「かつおな」
「……呼ぶわよ」

ルーシィが一度頭を振って、テーブルのベルを鳴らした。




レストランを出ると、もうすっかり暗くなっていた。
ハッピーを肩に乗せて、空気を吸い込むと、夜の匂いがした。ナツは歩き出したルーシィに並んで、歩調を合わせる。来たときのように手を引いていない分、肩が少し近い。今までの中で一番近い気がして、口元が緩んだ。
満腹感も手伝って、気分が良かった。そして、ルーシィと、まだ一緒に居たいと感じた。

――人に何か頼むときは、食事の後を狙え。

昔誰かが言っていたことを思い出す。ナツは、何故か嘆息するように息を吐いたルーシィに切り出した。

「なぁ、ルー、」
「ダメ」
「早っ!まだ何も言ってねぇよ!」
「家でしょ?ダメ。てか、どこまで付いて来るのよ?」
「送ってくって」
「要らない」
「なんだよ」

つれない。ナツはガードの固さに辟易した。

「少しは態度緩んだかと思ったのに」

笑顔こそ見せないが、ルーシィの表情には嘘が無くなってきた。さっきも、自分とルーシィの距離が近付いたような気がして、嬉しかったのに。
ルーシィの空気が、ふ、と変わった。

「どうしてそんな風に思ったのかは知らないけど。もう良いでしょ?あたしに付き纏わないで」

冷水を浴びせられたように、身体の芯が冷えた。
内容はそれまでと変わらない拒絶だったが、ルーシィの声には温かみが全く感じられなかった。本気で――心の底から、言っている。これまでナツのどんなワガママにも最後には甘く応えてくれていた、ルーシィが。
初めて聞いたような声音に、頭が付いていかない。
ナツは淡褐色の瞳を見つめて、震えそうな唇を軽く噛んだ。

「家に入れてくれたら帰るけどな」
「…本当に、帰るのね?」
「おう」
「そう。なら、1時間だけだからね」

ルーシィはまたあの『笑顔』を見せた。昨日初めて向けられたものよりも、完璧な仮面にくらり、と目眩がする。
逆戻り、したよりも、もっと酷いかもしれない。
家に入れてくれたら、なんて。ルーシィが拒絶してくれる前提で言ったことに、今更ながら気付く。

「…さんきゅ」

壁の向こうの、どこまでも遠いルーシィに切なくなって。

ナツは拳を握り締めた。






にゃにゃにゃ。


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