炎の魔導士の葛藤






「どうぞ、座って」
「ん…」

ルーシィの家はキッチンが別になったワンルームだった。机とベッド、ソファが存在感を示しており、こざっぱりと整頓されていた。しかし小物は多く、柔らかな色合いのカーテンや家具が女性らしい雰囲気を出していた。息を吸い込む度に花のような匂いがする。
その『女の子の部屋』の主はキッチンに消えて、ナツはぼすり、とソファに沈み込んだ。身体がスプリングに押し戻される。

「にゃー」

ハッピーが足元で鳴いた。探さないのか、と言いたいのだろう。ナツは唸って、それに手を振った。
キッチンからはカチャカチャと紅茶を用意する音が聞こえてきている。ナツはゆっくり肺に空気を入れて、部屋の壁際に備え付けられた本棚を見やった。

――この部屋のどこかに、収賄を裏付ける証拠書類がある。

依頼書の内容が頭を巡るが、どうしても探そうという気が起きなかった。容疑を晴らそうと決めたばかりだ。疑うようなことはしたくなかった。
ハッピーが眉を下げて、ナツのズボンの裾を引っ掻いた。それをぼんやりと視界に入れながら、ナツは頭を振った。

探さねぇよ。大体、見付からないと思って探しても、無駄だし。

そこに、今日の夕方までは無かった思いが加わった。

見付かったら――仕事が終了したなら、帰らなければならない。

見つめる手にはもうルーシィの感触は残っていなかった。

「帰れ、か…」
「にゃー?」

小さい呟きにハッピーが首を傾げた。その耳がぴくん、とキッチンを向く。目を上げると、ルーシィがお盆を持って歩いてきていた。

「はい、どうぞ」
「さんきゅ…ん?どこ行くんだ?」

ルーシィはローテーブルに紅茶とクッキーの皿を置くと、そそくさと机に向かっていた。しかしそれはナツ達に背を向ける格好になる。「読みかけの本でも読もうかなって」答えたルーシィに、ナツは半眼になった。

「お前、本ばっかだな。てか、オレら来てんだからなんか話しようぜ」
「…話って」

作られた壁は予想以上に高い。ナツは自分の横をぽんぽん、と叩いてソファにルーシィを座らせると、少しだけ緊張して淡褐色の澄んだ瞳を見つめた。

「お前さ、ホントにオレらに帰って欲しいって思ってんの?」
「何言ってんの?当たり前でしょ」

ルーシィは目を逸らすことなく、言ってのけた。ぐさり、と心臓を刺されたような痛みに、ナツは呻きそうになった喉を、呼吸を止めることで抑える。手先が急に冷えを訴えた。

「オレは」

帰りたく、ねぇよ。

言いかけた言葉を飲み込み、目に力を入れた。言ってしまえば、声が震えると本能で理解していた。
きゅ、と一度目を閉じると、クッキーと茶葉の匂いに、フェアリーテイルの賑やかな酒場を思い出した。いつかは帰らなければならない、が、それには仕事の完遂が必要で。
ナツはもう一度ルーシィの瞳を見やった。

「お前、本当に悪い奴なのか?」
「凄い問題発言よ、それ。自分を良い人だと言う奴も悪い人だと言う奴も、あたしなら両方信じないけど?」
「まぁそうか」

つらつらと喋るルーシィに、少しだけ自分の体温が戻ってきたように感じて、ナツはソファにもたれかかった。

「オレには、お前が悪い奴には思えねぇんだよ」

口ではうるさく言っても、優しくて懐が深い。何より、凛とした背中が、不正を許すようには見えない。ナツはルーシィが気に入っていたし、信用できる、と確信にも近い思いを抱いていた。

うん、やっぱ、ルーシィはやってねぇ。

表情一つ動かさず紅茶のカップを手にしたルーシィに、ナツはぐ、と近付いた。

「なぁ、ルーシィ」
「わぁ!?」
「…あのな」

急な行動に驚いたルーシィは、ナツの顔面を足元のハッピーでブロックした。猫の腹の密集した白い毛が、ナツの呼吸を妨げる。「にゃー…」と哀れな子猫が鳴いた。
また怯えさせてしまった。ナツはここでもルーシィとの距離を感じて、呻いてハッピーを引き剥がした。

「別に良いけどよ。少しは信用してくれても良いんじゃねぇか?」
「子供を騙って近付いてくるような人物をどう信じろっていうのよ…てか、あんたはあたしを信用してるっての?」
「おう」
「簡単に言うわね」
「だってやっぱお前、悪い奴じゃねぇし」

ナツは自分のセリフに頷いて、ルーシィに笑いかけた。

笑ってくれねぇかな。

一縷の望みをかけていたが、ルーシィの視線はす、と外されて戻って来なかった。それどころか「あと45分で帰ってもらうからね」と念押しまでされる始末。
「冷てぇな」と零しながら、ナツはどうやってその時間を延長しようか、そればかりを考え始めていた。






いつかは帰らなきゃね。


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