炎の魔導士とターゲット






「教授にはお子さんはいらっしゃいません」
「いあ…でもよ。とりあえず会わせてくれよ」

22、3歳の眼鏡をかけた女性は、声を冷たくしてナツに対応した。ほとんど睨まれていると言っていいその眼光に少しだけたじろぎながら、帰るわけにもいかずナツは頭を掻いた。

「今日はお休みです」
「なんだ。明日は来んのか?」
「…ええ。でも」
「じゃあまた明日な」

居ないのでは仕方がない。ナツはそれ以上食い下がることはせずに踵を返した。
困ったような視線が背中を刺すが、気付かないフリをして廊下を戻る。すれ違う人間がナツとハッピーをじろじろと眺め回していった。

「なんか居心地の悪ぃとこだな」
「にゃー」

ポケットから出した携帯を弄って、ナツはごちた。とりあえず今日はすることが無い。報告メールを送信して、ぱちん、と閉じた。
建物から出ると、空には夕焼けが少しずつ侵食し始めていた。夕飯を何にするか考え始めて、ナツははたり、と立ち止まる。

「ハッピー入れるとこ、あるかな…」
「にゃー…」

普段は大抵日帰りであるため、食事の場所に困ることはないが…ここは知らない土地である。調べてくりゃ良かった、と肩を落として、ナツは来る途中に通ったコンビニに向かった。




翌日、のんびりと朝を過ごしてから、ナツ達は再び大学に向かった。昨日と同じ女性が応対したが、今度は追い返されることなく、教授室とやらに通された。

「どうぞ。教授は今講義の最中です。1時間ほどで戻られます」
「さんきゅ」

女性は紅茶をテーブルに置くと、監視するような視線を投げかけてからドアを閉めた。
ナツはカップを持ち上げて一口啜ってから、行儀良く隣に座ったハッピーと視線を交わした。

「1時間だってよ。もう少し遅く来れば良かったな」
「そうだね。…ここ本ばっかりだよ、オイラ眠くなりそう」

さほど広いわけでもない部屋に、机が1つと、応接セットが1つ。天井すれすれまである本棚には重そうな本がびっしりと詰まっていた。
ナツは適当に1冊引っ張り出してみたが、その字の小ささに一瞬で嫌気が差してぱたり、と閉じた。さして使ったわけでもないはずの目頭を揉みこんで、んん、と唸る。

「んー…ハッピー、なんか面白い話してくれよ」
「ナツこそ、なんか無いの?」
「…そういえばラジオ持ってくんの忘れたよな」
「んー…」

フェアリーテイルの進捗報告は、ナツ達が仕事の間はミラジェーンがすることとなっている。泊まりで仕事なんて久しぶり過ぎて、受信側になることをすっかり忘れていた。

「仕方ないね。早く終わらせて帰ろう」
「そうだな…って、また電車乗って帰るのか…」

うんざりしてソファに横たわると、居場所をとられたハッピーがナツの腹の上に乗った。

「どんな人だろうね、ハートフィリア教授って」
「んー…賄賂貰って裏口入学させてる奴だから、悪い奴なんだろうなぁ」

容疑と言っても、フェアリーテイルに依頼が来るぐらいだから、確定と言って差し支えないはずだった。正直命がかかっているわけでもないし、ナツとしてはどうでも良かったが、その分懸命に勉強した学生が入学出来なくなるのだから、世間的に見て犯罪者だということは理解できる。ナツは脳裏で、細い眼鏡をかけた冷たい目の女性を想像した。
目を閉じると、本の匂いがした。嗅ぎなれないが妙に安心するそれに引き摺られるようにして、ナツは息を深く吸い込んだ。




「にゃ!にゃー!にゃー!」
「んあ?」

腹の上でハッピーが暴れている。ナツはゆるゆると視界を開いて、ぼやけた焦点を瞬きで定めた。
金髪を肩に揺らした女性が、覗き込んでいる。
紅茶を出してくれた女性よりずっと若い。しかし少女というには大人の階段を上り過ぎた感があった。身を屈めることによって出来た服の隙間から、深く刻まれた白い谷間が見えている。スタイルもさることながら、その顔立ちも整っており、綺麗に整列した睫毛に縁取られた目は、驚いたように見開かれている。
そのノースリーブの肩越しに頭痛がするほどの本が並んでいた。

「…あれ、オレ寝てた?」
「え…ええ…」

ようやく場所を思い出して、ナツは眠気の残る目を擦った。ソファに座り直して、今度ははっきりとその姿を目に映す。

「起こしてくれてありがとな!で…教授ってまだか?」
「え?」
「オレ、教授の子供なんだよ。会ったことないんだけどな」

ナツが用意しておいた口実を口にすると、女性の瞳が揺れた。

「…そう、ですか。名前、聞いても?」
「あー…ファイ、だ」

偽名が必要になることはあまり無いので躊躇ってしまったが、ナツは炎のファイヤーから取ったファイという名を使うことにしていた。
女性はにこり、と笑った。目と口元が同時に笑みの形を作る。「そう」と言うと、ナツの向かいに腰掛けた。

なんだ?

それまでと瞳の色が違って見えた。特に変わったところは見られないのに、急に嘘くさく感じる。薄ら寒い。

「あたしも、会ったことないわ」
「え?教授に?」
「違うわよ、子供に」
「ん?」

ナツは首を傾げた。言わんとするところが見えない。

「産んだことないからね」
「…………」

女性は見たところナツと同じくらいの年のように見えた。この年齢ならば大体の女性が出産経験はないだろう。
そりゃそうだろうな、と思う一方、ナツの中で嫌な予感が駆け抜けて行った。
女性は笑顔を『作った』ままナツを見据えた。

「あたしが、ここの教授をしてるルーシィ・ハートフィリアよ」
「……え?」

喉が声を出すのを拒否した。女性の自己紹介がぐるぐるとナツの頭を巡る。
教授。ルーシィ・ハートフィリア。

――コイツが?






ターゲットに接触。てか体当たり的な。


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