炎の魔導士の身元詐称






これはまずい。さすがに、子供だとは言い張れない。
混乱したナツを見透かしたように、ルーシィ・ハートフィリアは『作った』笑顔を崩さず、余裕をチラつかせた。

「で、自称息子というのはあなたなの?随分大きいのね」
「……あ、えっと……ぼ、ボクよくわかんない」

咄嗟にうるうると『必殺・泣き落とし』を試みるも、表情は鉄のように変化が無かった。ぐ、と喉を引き攣らせて、ならば、とハッピーを持ち上げる。

「じ、実はこのハッピーが子供、」
「なわけないしね」

ぴくりとも動かなかった。的確すぎるツッコミにがっくりと肩が落ちる。
ナツは開き直ってソファに身を沈めた。

「てか、お前いくつだよ」
「17」
「17ぁ!?」

見た目だけかと思ったが本当に若かった。教授の肩書きに驚いてナツが身を乗り出すと、

「ぅあっ!?」

彼女は悲鳴を上げて、逃げるように身を遠ざけた。その真っ青な顔に呆然とする。

「あ…悪い」
「…ううん」

こんな反応をする人間を、ナツは初めて見た。
確かにナツは子供を騙る不審者だが、怯えさせるほどの動作ではなかったはずだ。何より、彼女はそれまでナツに対して完全に優位に立っていて、余裕だってあったはず。
いきなり頼りない小鳥のように震えた彼女に、ナツはどうして良いのかわからなくなった。

小せぇな。

ぼんやりとその身体を眺めることしか出来ず、ナツはそんな感想を抱いた。
視線の先で、何かを決意するようにぐ、と下唇を噛み締めた彼女が、何事も無かったかのようにまた先ほどと同じ笑顔を『作った』。

「…どうしたの?逃げないの?」
「へ?」

逃げる、とは何だろうか。ナツは怪訝に思って訊き返した。

「あたしには子供はいないわよ。誰に頼まれたのかは知らないけど、訊かないでおいてあげるから帰りなさいよ」
「…なんで訊かないんだ?」

彼女は『笑顔』のままで、怒っているようにも見えなかった。何も訊かずに見逃す理由がわからない。
もっとも、依頼状には依頼主の名前さえ書かれていなかった。訊かれても答えられないが。
彼女はす、とソファから立ち上がって、本が積み重なった机に向かった。ぴん、と伸ばされた背筋は、やはりこの部屋の持ち主たる堂々とした雰囲気を持っていた。

「誰でも同じだからよ」
「同じって…なんかあるだろ、仕返しとか、罰とか」
「波風立てても楽しいことなんかないわよ。自分の首を絞めるだけ」

声音は変わらないが、何かを諦めているように聞こえた。息を止めて背中を見つめると、彼女は手に財布と本を持って、ナツ達に振り向いた。

「…あのさ、あたしランチ行きたいんだけど」

ランチ。
言われてみれば昼時で、ナツの腹は急に空腹を訴えた。昨夜はコンビニで我慢した。食事を思うとナツの顔に笑みが浮かぶ。

「おう!奢ってくれんのか?」
「……はい?」

ピンク色の財布を持った手が、少しだけ下がった。

「よっし、オレ肉が良い!」
「にゃー!」
「おお、ハッピーは魚な!」

今まで大人しく隣に座っていたハッピーが声を上げたのに答え、ナツはその頭を乱暴に撫でた。彼女は頭痛を抑えるように手を当てて、

「意味がわからないんだけど」
「いいじゃねぇか、おっかさん」
「違うし!その言い方も気になるし!」
「かっかすんなよ、シワ増えるぞ、ママン」
「止めて!なんか気持ち悪い!」

『作られた』笑顔が消えた。それまで漂わせていた余裕が消え、叫ぶように嫌がるルーシィが面白くて。
ナツとハッピーは気付かれないようににやり、と笑った。






もう仕事忘れてるだろ。


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