教授の家






今度はちゃんと、『ファイ』は自分達の分を支払った。

「あんた、よく食べるわよね」
「そうか?」

レストランを出て明るい方向に進みながら、ルーシィは呆れた顔で隣の『ファイ』を見上げた。彼の肩にはハッピーが乗っかっている。
嬉しそうに食事をする光景に、見ているだけで満腹になった。げんなりとするほどの量を食べつくし、店員には拍手まで頂いた。あの店にはもう行けない。
ハッピーが「にゃー」と彼女を慰めるように鳴いた。

「なぁ、ルー、」
「ダメ」
「早っ!まだ何も言ってねぇよ!」
「家でしょ?ダメ。てか、どこまで付いて来るのよ?」
「送ってくって」
「要らない」
「なんだよ、少しは態度緩んだかと思ったのに」

拗ねるような声に、喉の下から胸にかけて痛みが突き抜けた。
やっぱり仕事のため。
家の前で待っていたことも。
側に居ることも。
怖がったルーシィの手を引いてくれたことも。

ちゃんと仕事してんのね。

切なさを感心で包んで、ルーシィはふ、と息を吐き出した。

「どうしてそんな風に思ったのかは知らないけど。もう良いでしょ?あたしに付き纏わないで」

急に声が硬くなったルーシィに、ハッピーが目を丸くした。
『ファイ』も同様に驚いてルーシィを見つめたが、すぐに叱られた子供のように眉を下げて、小さく唇を噛んだ。

「家に入れてくれたら帰るけどな」
「…本当に、帰るのね?」
「おう」
「そう。なら」

入れたりなど、しない。
家に入れなければ、その期間は側に居る。居てくれる。

心の声が頭に響く。ルーシィはそれを顔に出ないように押し殺して、笑顔を作った。
早くナツ達を帰さなければ、おかしな感情が湧きそうだった。

「1時間だけだからね」
「…さんきゅ」

諸手を挙げて喜ぶかと思ったが、『ファイ』は少し怒ったような顔で拳を握った。




ルーシィは普段から掃除はマメにしている。特に待たせることなく1人と1匹を部屋に上げると、ソファを勧めてキッチンに向かった。

「紅茶で良い?」
「ああ、なんでも構わねぇよ」

ぼすり、と沈み込む音が聞こえて、ルーシィは首を傾げた。キッチンに居る間なら、収賄の証拠など探し放題だろうに。

「にゃー」
「あー…」

ハッピーの鳴き声にもダルそうに返答するだけで、物音は聞こえて来ない。かちゃかちゃとポットとカップを鳴らしてみたが、動き出した気配は感じられなかった。
一応、茶菓子として貰い物のクッキー缶を開ける。あれだけ食べた後だから、必要はないかもしれないが。ルーシィは準備できた紅茶とそれをお盆に載せて、部屋に戻った。
やはり『ファイ』はソファに沈んだままだった。ハッピーがそのズボンの裾を引っ掻いている。
紅茶とクッキーをテーブルの上に置いて、ルーシィは彼らに背を向けた。

「ん?どこ行くんだ?」
「どこも行かないわよ。読みかけの本でも読もうかなって」

ルーシィは本に集中すると周りが見えなくなる。一昨日の駅前では『ファイ』達らしき人物を見た覚えがない。読書の間に彼らが何をしようと、見て見ぬフリどころか本当に気付かない可能性だってあった。
証拠を探すなら、気付きたくなかった。彼らが何をしに来たのかわかっていても、それを突きつけられるのは嬉しくない。

「お前、本ばっかだな。てか、オレら来てんだからなんか話しようぜ」
「…話って」

探し物は良いの。あんたら一体何しに来たのよ。言いたい言葉を飲み込んで、ルーシィは『ファイ』を見やった。訊いて答えが返ってくるとは思っていないが、妙にガードの緩い彼らのこと、口を滑らせないとは限らなかった。ルーシィは依頼主が誰なのか聞きたくない。周りが敵だらけだと認識はしているが、決定的なことを聞くのは嫌だった。
ルーシィの沈黙を了承と受け取ったか、『ファイ』がぽんぽん、とソファの自分の横を叩いた。そこに素直に腰を落ち着けると、濃褐色の瞳が彼女を見据えた。

「お前さ、ホントにオレらに帰って欲しいって思ってんの?」
「何言ってんの?」

質問を質問で返すのは、咄嗟の返答に詰まったからだ。ルーシィは自覚して『ファイ』の目を真っ直ぐ見る。――意図的にする、嘘を吐く、準備。

「当たり前でしょ」

『ファイ』の眉間にシワが刻まれた。その傷付いたような表情に、ルーシィの片眉が自然に上がる。

なんで、あんたがそんな顔すんのよ。

「オレは……。お前、本当に悪い奴なのか?」
「凄い問題発言よ、それ」

悪い奴だと言われて来ました、と言っているようなものだ。ルーシィはふ、と息を吐き出して出来るだけ気にしないようにする。

「自分を良い人だと言う奴も悪い人だと言う奴も、あたしなら両方信じないけど?」
「まぁそうか」

『ファイ』は口を尖らせてソファにもたれかかった。そのまま虚空を見つめて、

「オレには、お前が悪い奴には思えねぇんだよ」

ぽつり、とごちた。
なんと返していいかわからず、ルーシィは無表情で紅茶のカップを手に取った。指先が温められていく。
ルーシィは自分のことを決して良い人だとは思っていない。犯罪こそ犯さないものの、疎まれ妬まれ、それでもこの地位を守り続けている。大して好きでもない仕事のために、人の出世を邪魔してまで。
わかっていながら、ルーシィは自分の立場を崩さずにいる。それはもはや父親の為なのか、それとも自分の為なのか、彼女自身にもわからなくなっていた。

「なぁ、ルーシィ」
「わぁ!?」

『ファイ』はルーシィの方へ身を乗り出してきた。その動作に驚いて、掴みあげたハッピーをその顔面に押し付ける。空いた手でカップの中身が零れないようにバランスを保った。

「…あのな」
「にゃー…」
「だ、だって、いきなり…」

ルーシィは言いながら、自分の内心に違和感を覚えていた。『ファイ』の行動にいつものように反応したものの――血の気が引くどころか顔に熱が集まっているのがわかる。

なに、これ…?

ハッピー越しに『ファイ』が唸った。猫を引き剥がすと、テーブルの上にぽん、と乗せる。

「別に良いけどよ。少しは信用してくれても良いんじゃねぇか?」

どの口がそれを言う。

ルーシィは半眼になったが、『ファイ』は自分の発言をこれっぽっちも疑っている様子は無かった。むしろ彼女を責めるかのように、口をへの字に曲げている。

「子供を騙って近付いてくるような人物をどう信じろっていうのよ…てか、あんたはあたしを信用してるっての?」
「おう」
「簡単に言うわね」
「だってやっぱお前、悪い奴じゃねぇし」

言ってにか、と笑う『ファイ』の、猫のように細まった目から逃げるように、ルーシィは視線を落とした。
ルーシィを信用している、ということは、収賄の証拠とやらは探す気がない、ということだろうか。それともそう口にすることでルーシィの警戒を解こうというのか。
嘘を言っているようには思えなかった。しかし、ルーシィは自分がそう思いたくないだけかもしれないと自覚していた。

信じたい、『ファイ』を。ナツを。

それは紛れも無い本心だったが、人を信じることに臆病になった今のルーシィでは、簡単に受け入れられるものではなかった。

「…あと45分で帰ってもらうからね」
「なんだよ、冷てぇな。泊めてくれんじゃねぇの?」
「誰がそんなこと言った?」

きっ、と睨みつけると、『ファイ』は頬を膨らませた。






警戒心が薄れる。


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